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イッセイエッセイ

686号 雪上の一葉

2012年02月29日(水)

 自然の一物一物は、それぞれ大小や軽重の違いはあっても無言をもって、物の原理にしたがい自己を主張する。
 この数日は天気がよかったが、今日の空は寒く曇っており、雪一面の田畑から立ちのぼる溶雪の蒸気が、モヤになって平野全体をぼんやりと霧の風景にしている。
 夕方に家に戻って雨戸を閉めようとして、庭の雪をみる。庭木の周りや軒近くの雪は消え、庭全体にまだ広がっている残雪も、わずか10センチか20センチほどの深さになっている。そこには吹き飛んできた落葉があり、雪の上に数枚あちこちと散りぢりに乗っかっている。
 この葉っぱの一枚は一個のささいな物にすぎない。また生きているものでもない。しかし、この落ちている葉の周りを見ると、雪の表面は一枚の葉を中心に半径で数センチほどが沈降しており、残雪がその部分にいかにも重い力を受けているように見えるのである。一葉の重さなどは、雪にとって一毛のごとき物であろうが、陽の光のわずかな熱の影響も加わってか、点滴石を穿つといった現象を呈すのである。やがて数日のうちには、その場所が他よりも早く土の色を見せるであろうと思う。残雪の面へこましむ一葉かな。

(2012.2.25記)

 今日もまだ朝から粉雪がまばらに舞っている。風もあって斜めに落ちることもある。雀が金木犀のこんもりした枝の中に入って動いている。これが最後の雪だろうかな、とつぶやく今日である。降る雪に今日を最後にしてくれと。 

(2012.2.26記)