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イッセイエッセイ

685号 南部のラフカディオ・ハーン(著作集 第四巻)

2012年02月29日(水)

 小泉八雲(1850―1904年)は、日本での滞在14年、帰化して54才の生涯をこの国で終えるのであるが、それ以前21年間にわたり、アメリカでの生活と文筆活動を経験している。このことは知る人ぞ知るハーンの研究者は承知していると篠田一士が著作集(第四巻)の「まえがき」で書いている。
 この著作集の第四巻には、20才代から40才ごろまでのハーンが米国ニューオリンズでの新聞記者・ジャーナリストとして書き残した沢山の苛烈、赤裸々なルポルタージュやノンフィクション、エッセイの類が八十作品ほど収録されている。
 見開きには若き日のハーンのほとんど横向きの肖像がのっている。本巻では、古き日本の面影を描いた小泉八雲とは全くちがうラフカディオ・ハーンの反面の姿をみる。
 南北戦争後のアメリカ南部の人心が荒れ果てており、社会環境も汚れていたのか、それとも日本の明治時代の地方都市が幻想にみちて美しかったのか、ずいぶんと描く対象や方法は対比的である(日本での作品をあまり読んでいないので即断はさけるが)。一人の作家としての共通点を無理をして見つけ出すとすれば、さまざまな対象へのあくなき好奇心と一種の同情、そしてひかえめな批判の精神ということか。
 したがって本巻のハーンを読むことは、19世紀末のアメリカ南部の新聞の社会面や文化欄、雑誌の現場潜入記を読むことに近い。したがって読み方としては、気持ちに合ったものを読み、あるいは大体を眺めるということが良いのかもしれない。
 「パトロン制度」、「薄絹を脱ぎし美女」、「無宿人」、「黒人の寄席演芸」、「巨人と小人」、「天体地質学」、「大国の未来」、「怪談」、「女と馬」などを読む。いずれもじっくりと腰をすえた作品ではなく、書かれた時代と場所による風土性を帯びている。
 南部のクレオールの民間療法についてのエッセイもある。ゴキブリを煎じて破傷風の塗布薬にしたり、炒って飲んだり、あるいは薬草を使ったりする黒人社会の医術の話しが出てくる。これを読んで突然に子供の頃、ウルシにかぶれると谷川の沢蟹をつぶしてその汁を塗ると効くという誰もがまじめに信じていた話しを想い出した。
 ただ、その中には「言語学習における目の効用、耳の効用」という評論のように、実用的なエッセイもある。外国語は書物よりもまず耳と口で学ぶべきであり、できるだけ年齢の早い時期に、そしてその言語の話されている場所に住んで学ぶことが早道と書いてある。
 1895年にニューオリンズ市で博覧会があったらしく、その時の見学記である「ニューオリンズ博覧会」、「ニューオリンズに見る東方の国」、「東洋の珍しき品」といったルポが収録してある。日本展示物が「他の東洋の国々やヨーロッパ諸国の展示物よりはるかに完成しているといってよい」、日本の大学や学校がわが国(米国)に比べて「いささかも劣ることのないという紛れもない証拠を提示した」、と好意的な感想を述べている。
 日本渡航の五年前、見知らぬ東方の国である日本の文物を観察して、ハーンは深い興味を示している。日本という国への関心を持つ一つのきっかけになったのかもしれない。また後のことながら、松江で結婚することになる節子夫人が、ラフカディオ・ハーンからアメリカ南部での生活を聞かされていたかについては、読者として興味のあるところである。こうした詮索は伝記作家の仕事に属することであり、調べてみないとわからない。(著作集第四巻 <西洋落穂集> 恒文社 1987年) 

(2012.2.25記)