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イッセイエッセイ

681号 第二言語の習得は母語を基盤とする

2012年02月25日(土)

 第二言語(たとえば日本人にとっての英語)の習得は、母語(日本語)を基にした意識的な学習を中心にして行うことが最も成功にみちびく学習法である。本書は、このことを今日までの言語習得研究の成果をふまえて述べたものである。本書とは、白井恭弘著「外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か」岩波新書(2008年)である。

 言語間距離について。
 同一言語の方言間の距離は通常は最短であり、方言のバイリンガルは容易。アメリカ人が、スペイン語を上手に使えるようになる時間は、日本語の場合の大体半分である。日本人が一番習得しやすいのは、言語的には韓国語である。
 
 言語転移(正と負の影響あり)について。
 母語の知識影響が、習慣化した行動として、第二言語の習得にさまざま影響を与える(発音、単語、文法、文化などの影響)。
 発音では例えばoverをオーバーと長音に言い換えてしまう。またlight(信号)とright(右側)の区別。文法では例えば、When he came back, I will talk to him(帰って来たら…)と言いがちだが、comesが正しい。文化上も Thank youのところを「いえ、とんでもない」といってしまう(語用論的転移)。日本語に特有な動詞自動詞化(例えば…がこわれた)にもおちいりやすい。

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 以下、参考となる説明について、やや不正確な点があるかもしれないが記す。
 外国語の各文法項目に関しての習得しやすい順序は、母語の影響を受けるため、普遍的に成り立つ自然の順序はみあたらない(南加大のスティーブン・クラシェンのように普遍的な順序があるとする説あり)。
 日本人は他の外国人と異なり、日本語の影響によって所有の’sを先に習得でき、複数の―sの習得は後になる。日本人には冠詞、単複形がむずかしい(外国人にとっての日本語「は、が、を」と同じ)。文法訳読方式による学習は、転移(マイナスの)を起こしやすい。主に外国語を用いて教えているところでは、転移が起りにくいという経験例がある。
 また話すことを強制しすぎると、転移によってブロークンになりやすい(母語の文法に英語の単語をあてはめたりするから)。また例えば「どう思いますか?」に引っぱられて、How do you think (about it)? と言ってしまう。正しくはWhat do you think~。
 言語転移には典型性(プロトタイプ性)があって、非典型表現(単語、文法)については直感的にまちがいだと誤解してしまうことが多い。例えばbroke a cupという表現は正しいがbroke a recordはまちがいだと思う。
 「言語はルールでは割り切れない」ということを明示的に知っておくことは、学生にとっても特に先生にとっても重要なことである。これは学習が嫌にならない成功につながる対策になる。
 「単語+文法モデル」だけでは、自然でない変な文章になる。なぜ子供が複雑な母語の言語規則を習得できるのかについては、ノーム・チョムスキーの「普遍文法」仮説(生得説)とマイケル・トマセロの「使用依拠モデル」(学習説)が対立している。
 そして第一言語の習得は必ずといっていいほど成功するのに、大人の第二言語習得はふつう失敗に終るのはなぜなのか。
 さらにどちらの説に立つにせよ、学習はインプットが基本なのか(スティーブン・クラシェンの「インプット仮説」―聞くだけで十分)、それともアウトプット(話すことと書くことも相互に必要)なのか。実践ではリスニング能力が優先し、他の三技能(話す、読む、書く)に「転移」することがわかっている。
 結論としては、「インプット」+「アウトプットの必要性」となるだろう。インプットの段階だけでも、頭の中に「リハーサル」(いわゆる外国語で考える実体験)が起こってくる。
 母語の習得は無意識的な暗示的知識なのに対し、第二言語の習得は意識的に学習する明示的知識であり、教室習得である。明示的知識は、練習によって暗示的知識に変わることはない(クラシェンの「インプット仮説」の主張)、つまり「わかっているけれど使えない知識」ということになる。一方で意識的に学習された知識が徐々に「自動化」されて使えるようになるという主張(自動化モデル)もある。
 多くの研究者は、この二つの理論は極端な側面があるので、中間的な立場をとるようになっている。
 結論としては、言語習得(外国語学習)のメカニズムは次のようにまとめられるだろう。
 以下の(1)は第一・第二言語の習得に共通するのに対し、(2)はほぼ第二言語の習得に特有な現象であることに注意。
  (1)言語習得は、
    かなりの部分がメッセージを理解(インプット)することによっておこる。
  (2)意識的な学習は、
    ①発話の正しさをチェックするのに有効である。
    ②自動化により、実際に使える能力にも貢献する。
    ③ふつうに聞いているだけでは気づかないことに「気づき」を与え、(1)の自然な
     習得を促進する。
 母語話者が、文法的には正しいがおかしい文を言わないのは、幼いときから無数の文や表現を聞いて、どういう言い方がふつうだという情報を身につけているからである。
 第二言語学習においても、(1)の手段でかなりのことは身につけることができる。多量のインプットによる聞いたり読んだりすることで、文の適否がわかるようになる。ただ第二言語習得においては、インプットの絶対量が少ないことが多く、母語による干渉(マイナスの転移)、臨界期仮説(年齢による影響があるということ)のような問題があり、目標達成がなかなかうまくいかないのである。
 『行動主義心理学』―<あらゆる学習は刺激=反応にもとづく習慣形成である>とする学習理論、ないしは『構造主義言語等』―個々の言語は互いに限りなく異なりうる―という現論が一時流行した。
 これによると各言語について音声と文法の体系を客観的に記述し、母語を外国語との対比(対照分析)をして、違っているところを徹底して反復学習し新しい習慣を身につけることにより、その言語が使えることになると考えた。オーラル・アプローチ法、パターン・プラクティス法と呼ばれるものは、この教授法の例である。なお明治以来の日本の伝統である文法訳語方式は、意味ではなくて形式に重点をおいている点において、この教授法と共通点がある。
 1950年代にチョムスキーの生成文法論が提案され、すべての言語に共有する普遍性、観察できない言語の背後に隠れた構造、を重視する理論が主流となり、オーラル・アプローチの時代が終わる。
 そして伝達中心の教授法(コミュニカティブ・アプローチ)が、効果的な教授法として考えられるようになってきた(しかしこれも決定打ではない)。
 現在では、教える側からのトップダウン方式ではなく、学習者の誤りを独立させて見ず、学習者を全体として見る。学習者の第二言語(セリンカーの「中間言語論」)の発展を、自律性をもったものとして見る。
 学習者は、例えば過去形の使用において、初めは瞬間的な変化を示す動詞だけに過去形を使う(ある形式に、ある意味を付与する学習)。例えば brokeは、lovedより前に習得されるのである。
 第二言語習得には、習得順序(いくつかの文法形式たとえば冠詞、複数形、過去形、進行形、be動詞など―どういう順序で習得されるか)、あるいは発達順序(否定文、疑問文などの言語領域がどう発達していくか)がある。I don’t go の習得の際に、I no go といってしまう(~でない、と最後につける日本人においても)。
 したがって、三単現の(-s)の文法は、カリキュラム上は早く教わるが、これを実際に使えるようになるのはかなり後であることが、数多くの研究で分かっている。これはエラーではなくミステイク(文法習得に道筋がある―ピネマンの「教授可能性仮説」)なのである。
 ともかく教えさえすれば直ぐに使える、と教師(や学習者)が思うことは、非現実的な期待である。このことを先生も生徒も承知していた方がよい。なおこれは、習得のスピードではなく順序のことであること。なお、このことに関し文法項目のコアは変えられないが、変異的項目は変えられるというマイゼルらの説もある。
 使える英語力を身につける目標の達成には、インプットの量を増やす(文法訳読中心は教えやすいだけであって、インプット理解ができない方法である)。
 また「道具的動機づけ」を強める方法として、入試のリスニングの比率を増やすことは有効策だろう。
 リスニングを中心に、バランスを取り入れてスピーキングの練習を入れる。
 Open me a beer / Open me the door このSVOOの二つの文章は正しいか。
 この正しいかどうかの判断ルールは、インプットによって習得できる。母語の学生は例外なくはじめの文を正答し、第二言語学習者もインプットのレベルが上がると正答が可能となる。
 インプット理解の質を高めるには、単語や意味的情報だけでは処理できない文法の例文を、できるだけ用意する必要がある(フォーカス・オン・フォーム)。
 例えば 慣用文Excuse meに対し、Excuse usをインプットすることにより、この文の内部構造の理解に近づく。また例えば Would you do me a favor?(お願いできますか?)という決まり文句を教えたら、それで終わらずShe did me a nice favor.を教えることにより、教育の生産性を上げることができる。
 現在は「インプットモデル」のほかに機能主義言語の応用として、ロングの「インプット=インターアクションモデル」が、実際の教え方として主流となっている。
 この場合、しばしばコミュニカティブ活動として行われる生徒同士の会話活動は、決まり文句となり、また生徒の水準が同等であるという問題があり、むしろ教師が主導する方が効果が高いという報告がある。
 学習者同士の単純化された会話や母語話者からのフォーリナ・トーク(外国人用にやさしく話すこと)は、理解はされても効果が低いのではないかという問題がある。逆に難しい用法を先に教えれば、簡単な用法も同時に「投射」されて習得できるという研究もある。また文法は、教えて身につく分野と反対に身につかない分野もある。

 以下、効果的な外国語学習法の具体例―
・興味があって知っている内容について、徹底的に読んだり聞いたりする。それを別の分野にも拡げる。
・リスニングは聞いても20%しかわからない教材よりも、80%わかる教材を何度も聞いた方が効果的である。
・よく使う表現・例文・ダイアローグなどは暗記する(英語と日本語は言語間距離が遠いため)。
・アウトプットは毎日すこしでもやるべきである(日記、ひとりごと、インプット後のその文章に対するコメント)。

・話すときは意味を通じさせるのが第一だが、余裕があれば、正しい文を言うように努力して、正確さと流暢さのバランスをとるようにする。
・話すときは、いわゆる「コミュニケーション・ストラテジー」を使うようにする。
 例えば、時間稼ぎのストラテジ―well…,um…,you know…,what do you call it …, Let’s see, let me seeなど。
 言いたい単語が思いつかないときは、別の簡単な表現で言い換える「パラフレーズ」。
 例えば、trash can の代わりに the box in which you throw things awayなど。
・得意でないトピックが出たら、「回避」のストラテジー、例えばOh, by the way…(しかし多用は無用)。
・単語を文脈の中で覚える。
・英語の発音は個々の母音や子音よりも、イントネーションやリズムが合っていることが、不快に感じさせない発音となる。
・文法は中学から高校一年程度までについて、文を作れるレベル、つまりアウトプットできる程度までマスターし、難しい文法は無視してかまわない。 

(2011.12.11記)