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イッセイエッセイ

675号 記憶と残映

2012年02月19日(日)

 昨年の年末に、大学時代の同窓会に久し振りに出席した。卒業して四十五年近く会っていなかった同じクラスの人に会った。その当時は学部全体でも女子学生は数人しかいなかった。
 人数が限られており誰だということはわかったのだが、昔のイメージがそのまま修正されずにいたので、これはお互いのことながら、会って様々な感慨をいだいたのである。
 あとで同窓会のことを想い出すことがあったのだが、どうも今の顔形をはっきり想い出せず、昔の学生のときのイメージの方が立ちのぼって来るのであった。これは年齢との関係でいうと不都合な頭脳の現象だと思った。ともかく新しい記憶の力がますます弱くなり、古い残像が相対的に強くなるのである。

(2012.1月記)

 この年明けに今度は高校時代の同窓会があり、これこそ五十年ぶりに同じクラスだった人に会った。男女数が半々のクラスであった。「誰だか憶えている」と一緒の女性(この人とは毎年会っている)に聞かれて返事につまったのだが、「○○さんよ」と先に名前を教えられて、別の人の名前を出さなくてすんだのである。
 又しばらくたって、その際のことを振り返ってみると、今回は両方の面影は浮かんで来るのだが、やはり昔の方が強いのである。こうした記憶の問題と同時に心に感じたことは、学生時代というのは、人生において実に役に立てにくく、しかも取り返しのできない時間であるということであった。 

(2012.2月記)