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イッセイエッセイ

669号 小説の題名考(志賀直哉の「赤西蠣太」)

2012年01月07日(土)

 年末のラジオ番組で、かつて著名だった人たちの生の声をアーカイブスの中から選んで放送する特集があった。
 その中の一つとして、晩年の志賀直哉に対し女優の岡田茉莉子がインタビューするものがあった。
 小説の神様といわれた志賀直哉はそのとき八十歳くらいになっていて、インタビュアの岡田茉莉子(この茉莉子という名は谷崎潤一郎がつけたという話題も出ていた)とは五十歳ほど年齢が離れていたはずである。だから、「映画は大変でしょう」などと志賀直哉の方が若い女優に対し聞き役に回り、気を使っている風で面白かった。
 その時の大村彦次郎さん(元文芸誌編集長)のラジオ解説によると、志賀直哉は自分の作品が映画にされるのを極度にきらったそうであり、戦前に映画化されたのは「赤西蠣太」(大正六年、34歳のときの作品)という時代物が一本あった切りらしい。戦後は小説と映画は別のものとしてありうる、という考え方に作家の方が変わったようだ。
 ところで、この小説の名前は知っていたが、標題が私小説風なところと、人物の名が妙な工合なので、これまで読んだことがなかった。今回、これが時代物の小説ということがわかって、それではこの短編を一読ということになった。
 文庫本の巻末解説によれば、この短編小説は志賀直哉が講談本の伊達騒動から思いついたフィクションだそうである。
 「容貌はいわゆる醜男」の赤西(あかにし)(かきた)太という江戸詰の田舎侍と、小江(さざえ)という「大変美しい腰元」が登場する。
 直哉の文体は全く近代的であり、現代でも通用する新しさがある。話の展開や文章から受ける味わいは良き古さが感じられ、森鴎外の「安井夫人」の前半部に通じるところがある。しかも、さてはと言うような似た方向にストーリーも進んでいくのである。
 読み終って蠣太と小江という名前のつけ方が、偶然ながら漫画のサザエさんを連想することに気づいた。
 主人公の同輩の美男侍は(ます)次郎(じろう)という名である。伊達藩の秘密をもらして斬られてしまう按摩の名は安甲(あんこう)である。老女の蝦夷(えぞ)(きく)はふつう、家老の原田甲斐(かい)と殿様の伊達兵部(ひょうぶ)は、伊達騒動の話しだから実名にちがいない。そこで想像するに、むしろこの有名な家老の名前から、他の登場人物の名を同類化して考え出したのではないかと思われる。
 蠣侍と鱒侍の二人が沙魚釣りに出かける船上の場面の設定は、漱石の「坊ちゃん」(明治39年)に似ている。
 小説中には、鴎外が使うようなタイプの難しい言葉はほとんどなく、唯一「小江は甲斐から(しゅん)(こく)に調べられた」の言いまわしくらいである。小説の神様は、この一文で小説全体の文章を引き締めたのではないだろうかと勝手に推測する。 

(2012.1.7記)