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イッセイエッセイ

658号 詩人の言葉

2011年11月14日(月)

 ラジオの語学番組の時間はうっかりするとやり過ごすことが多い。そこで早目にスイッチ・オンにすることがある。
 すると十分か十五分間ほど、前の番組の終わりの部分を聴くわけだ。十月から十一月の初めにかけて、そうしたタイミングで何回か詩のシリーズ番組を断片的に聴いた。語り手は女性の詩人の声であり、いろいろな作家や詩人の詩を紹介しながら、ぜひ詩の面白さを楽しんで欲しい、と現代詩入門を明るい調子で熱心に語る。
 ちょうどその時に話題になっていたのは鴎外の山椒大夫「あんじゅこひしや・・・」のうた、そして詩人として遡太郎や田村隆一という人たちであった。
 偶然のことかどうか、田村隆一全集(第六巻 河出書房新社 2011年3月)が最近ずっと刊行されている。新刊のところに第6巻があったので、この4.5cmほどの部厚い最終巻(未刊詩、散文、日記など収録)をかりた。見開きには、詩人の最晩年(1923年大塚生れ、1998年死去 75歳)と思われるマフラーにコート、ステッキを手にし稍や見下す視線のダンディな姿の写真が入っていた。一方、講師である女性詩人のものは、ラジオの音声だけのうろ憶えの名前で調べたせいか、該当のものが本棚に見あたらなかった。しかしその後に名前がなんとなくわかって、県の図書館で捜してみたらさすがに何冊もあった。そこでその中で全体がわかりそうな、しかし古そうな「小池昌代詩集」(現代詩文庫 思潮社 2003年)をかりた。裏表紙の四分の一ほどの大きさに、詩人(1959年深川生れ)が道傍でしゃがみながら微笑んでいて、見上げるような姿勢の写真がうつっている。
 小池昌代詩集の方から、分りそうかもしれぬ詩に当りをつけて読んでみた。何篇かそうやって前へ進んでいくうちに、一篇ずつたどっていくのも苦労を感じウーンとうなった。しかし詩集を途中で止めるのも失礼かなと思った。
 そこで、この詩集の全体にともかく注意をもって目を通す作戦として、それぞれ詩の中にどんな言葉が使われているかを強制的に調べてみた。
 動詞や形容詞を対象にとると余りに多すぎる。名詞はどうか、身の回りの物の名前は沢山のっているが、空想的な言葉はほとんどない。いずれにしても、物をあらわす名詞の単語も数多くありすぎる。しかし物といっても、例えば食べ物の言葉は数がしれていると思って、詩の最初から最後まで通して、食べ物の単語を抜いてみた。一篇ずつそうしていくと、個々の詩の脈絡を概略みることになり、詩人に対してはばかれても一応読んだ気分になった。
 この詩集(140頁)には、100篇あまりの詩が入っており、中に出てくる食物に関した言葉は50語ほどある。りんご、みかん、梨などは数回以上使われているが、他はほとんど複数回は用いられていない。ワインやチューハイなどの酒類は見当たらない。本格的な料理もだ。見逃したかもしれないが思ったよりは食べ物系の詩語は数が少なくて終わった。
 次にもう一回再読して最初から最後まで行きつくよう、さらに人物を指示する普通名詞を取り出しながら早読みした(たまに出てくる○○さんなどの固有名詞は除いた)。一人称、二人称、家族、男性を指示する語が比較的に頻用されており、人に係わる語は漢字よりもひらがな表記が多い。そして自分自身のことはわざわざ言わないことが多い。

(食べもの)
くだもの・姫りんご・きりん缶ビール・さかな・りんご・牛乳・コカコーラ・れもん・梨・のりのつくだに・一杯の水・果汁・桃の実・柑橘類・水蜜桃・弁当・空豆・缶ジュース・饅頭・お茶・砂糖・蜜柑・酢・餌・葡萄・胡桃・蜂蜜・きしめん・玉蜀黍・鱒・ねくたりん・にんにく・卵黄・明治チョコレート・パン・麩・天むす・漬物・松坂牛・干物・肉屋・豆腐屋・添加物・みそかつ・うなぎ・甘栗・どじょう・柿・木の実・母乳

(人)
新入社員・あなた・男・男女・老女・裁判官・男の子・妹・生徒・とうさん・かあさん・ねえさん・おとうと・少女・わたし・私・あのひと・彼・きみ・こども・子供・こいびと・自分・誰(も)・自意識・このひと・差出人・受取人・同級生・べつの子・先輩・いじわる・強盗暴行犯・お客・みんな・社長・孫娘・いくにん(か)・学芸員・女・身内・とうへんぼく・年子・姉妹・ひとでないもの・他人・親・転校生・おばあちゃん・その子・そのこ・かのじょ・彼女・母たち・こどもたち・おまえたち・ものみな・ひと・兄・長兄・わたしたち・姉・わたくし・ひとり・長欠児童・人たち・労働者・子・ともだち・どんな者(も)・箒人・詩人・人・八百屋(さん)・弟・真犯人・大人・証人・兵士・母・じぶん・武士・老人・金魚売り・こどもら・子分・少年・少女・異性・混血児・義弟・女ともだち・友達・兵隊・女優・人々・配偶者・父・父父・母母・叔父・共犯者・かれら・彼ら・家族・中年・浮浪者・生徒たち・同士・女生徒・おくさん・義妹・少数民族・親族・大叔母・馬鹿もの・イシアタマ・敵・友人・訪問客・息子・自分ら・おまえ・人間・やつ・みんな・男たち・者・老婆・女たち・人体・女主人・祖母・初恋の人・皇族・外国人・母親・隣家・同級生・乱暴者・人々・にんげん・お互い・老夫婦・同僚・男の子・恋人・所有者・誰一人・わたし自身・子供ら・青年・父母たち・ロシア人・相手・イタリア人・隣人・犯罪者・雨男・幼児・中年教師・着付け師・先生・校長・不良少女・赤ン坊・夫婦・死体・用務員・少女戦士・仲間・経産婦・助産婦・女性

 詩の良しあしのおおかたは、使われている個々の単語そのものに影響されるのではなく、単語どうしの結びつき方、言葉の非日常的な用い方によるものと理解しておくのが普通だろう。すると単語(とくに散文的な物の名詞)だけを抜いて並べては、詩の中にあったときの詩語としての意味を失って、普通のあれこれを説明する言葉に戻ってしまうかとも思う。しかし、個々の詩を読みながら特定の分類に属するこれらの言葉を取りだすと、単語の羅列の間から、読んだ詩の記憶が断片的にぼんやりと浮かんできて、それが一つの詩の印象になると言えなくもない。 

(2011.11.6記)