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イッセイエッセイ

657号 詩人の引用

2011年11月13日(日)

 田村隆一全集の方は、詩や散文、日記の文章量があまりに多すぎて、ざっと読むという訳にもゆかず、年譜を眺めたあと一巻をあちこち拾い読みをした。
 そのうち、日記は66歳から74歳(死の前年)までのどこかの雑誌に連載したものであり、この最終第6巻のほとんどの分量を占めている。そして実にさまざまなことが、あれこれと興味をもって読まれるようにかいている。
 そこで自分の詩をふくめて割合引用が多いので、その引用の際にどういう言葉使いをするのかに注意してみて、その部分を「引用」してみた。小生なども文章を書くとき、引用の導入語をどうするか言い回しがすこぶる気になることが多いからである。
 調べてみると詩人は、一文をのぞいて全て次のとおりというように、最後に棒線を引くのが習慣であることがわかった。なかには何も言わないが、引用が文脈からおのずと分かるものもある。

   こんなふうにはじまる―
   以下、その抜粋―
   文庫のカバーには、つぎのような客の呼びこみがつらねてある―
   突然、フランスの哲学者アランの言葉がぼくの頭を通過した―
   謳い文句は左の如し―
   そして、つぎのようなサブタイトルがついている―
   プロローグは次の如し。
   北川氏は次のように書く―
   また言う―
   最初の一節―
   岡本綺堂先生の『半七捕物帳』によると、半七老人は語る―
   わが拙文を引用させていただく―
   愛用の大百科事典(平凡社)から、若干引用させていただく―
   研究者は、次のように書く―
   主題になった詩二篇を左にしるす―
   たとえば『「明治」という国語』には、こんなエピソードがある―
   『こかね蟲』の自序に次のようにしるす―

 最後にこの日記文の中に、福井県のことに関係した部分が三箇所(モレがあるかもしれない)あったので引用する。では―
・平成四年(1992年)6月24日(水)晴のち曇
 S社の出版部の佐々木さん・・・来訪、久闊を叙す。・・・部長の佐々木さんとは二十年来のおつきあいだが、あいかわらず「青年」である。・・・そうだ、佐々木さんとはじめて会った日のことを想い出したぞ。家の小さな庭に梨の木があった。白い花がほころび出したら、ひとりの青年がフラッとやってきた。ぼくは三日酔で・・・
 「きみの生れはどこなの?」
 「若狭(わかさ)ですよ」
 「じゃ、越前海岸じゃなくて、若狭湾で育ったというわけか」
 「そうです。小浜(おばま)のちかくですよ」
 「そうか、ぼくは昭和二十年の敗戦を若狭湾で迎えたんだよ、なつかしいな」
 「ちょうどぼくは小学校の五年生でした」
 「おいちょっと待ってくれよ、きみ」
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 「じゃ、いくつなんだ、きみは」
 「もうじき四十です」
 「どうしてそんなに、いつまでも若いんだ?」
 「どうしてって、きっと節制しているからじゃないでしょうか」
  三日酔いの聖なる「病人」に、「青年」は耳の痛いことをヌケヌケと言う。
 「それに」、彼はオンザロックを一口飲むと言葉をつづけた。「若狭の水がよかったのかもしれません」
  そう、若狭は水のいいところである。ぼくの舌は、あの若狭の水の味をしっている。あんなおいしい水を、ぼくは生まれてから飲んだことはなかった。
  「よし、水を飲みに行こうよ、若狭へ」
  「いいですね、ぼくもひさしぶりです」
  当時、『小説新潮』のデスクをしていた佐々木さんと、「水を飲みに」という若狭遊覧を皮切りに、
  ぼくの「日本酔夢行」がはじまったわけ。
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注(地名に読みがなをうってくれており、この詩人には親切心が感じられる。)

・平成五年(1993年)1月6日(水)晴
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 戦後、最大の欠落は、「貧」の喪失である。若い日本列島は「貧」をパン種子にして、世界に誇れる技術者集団と諸芸術をはぐくんできた。よくぞ「貧」は和紙という、最高紙をつくりあげたものだ。越前武生(たけふ)の和紙を見よ。タマガワのタマゴ嬢のごときうら若い女性たちが、寒中、ヒザまで冷水のなかにつかって、紙をスクのである。その和紙が、・・・日本の焼き物の包装紙につかわれて、・・・購入店は、中身の陶器類、カンザシなどがお目あてだったから、武生の和紙などは店の外側につみかさなっている。武生といえば、「寿㐂娘」酒造店より、日本海の干ヒラメ、贈られる。スキ娘などと言うと、青年たちは嬉しそうな顔をするが、スキといっても和紙をスクという意味である。パリの店先に、日本の包装紙がつみあげてあったが、現今の新聞やスーパーの包装紙であって、粗大ゴミである。こんなぜいたくな粗大ゴミがこの世にあるか。ぼくの云わんとするところは、「貧」からしかゼイタクは生まれないのである。ゴッホを見よ。・・・
注(19世紀のヨーロッパにわたって陶器の包み紙に使われた和紙のすばらしさのことを言っている。今立のことを武生(越前)と書いており、そのごの合併を見こしている!)

・平成六年(1994)11月10日(木)晴 大安
  越前町の「こばせ」より、貴重なるカニいただく。まさに大安吉日なり。ネコの目を警戒しながら、カニにかぶりつく。酒は地酒「越の磯」。カニによく合う。三十年ちかくヨーロッパで造形にはげんでいた、ある食通の老芸術家から、「ヨーロッパのおいしいものは、ほとんど食べつくしたが、越前ガニに匹敵するものはついになかった。越前ガニは世界一だよ。それも、その地で食べなければダメだ」と言われたことがあった。
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注(あと越前ガニのことが20行ほどつづく) 

(2011.11.6記)