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イッセイエッセイ

654号 ラインとスタッフ

2011年11月10日(木)

 ラインというのは俗にいえばタテ割の組織であるから、それぞれのラインは一見わかりやすく感じるのだが、プロセス的には意外と見えにくいものである。ラインは内部でほぼ完結化していること、ラインの仕事は傾向としてルーティン化すること、他部のことを組織的に気にしない習慣が強いことなどから、自然な現象として、ラインのもつ弊害が起こってきて、全体の眼からみてその問題点が内部化してくる。
 そこでリーダーシップをとるため、どの組織でも意識的に中心部分にスタッフ機能が組織されることが多い。意思決定機関側から見て、スタッフ機能の活動は中心的な場所にあり、政策を意図的に作ろうとする集団であるから、組織的な明瞭さがあり組織上もまとまっているので、スタッフは存在が分かりやすい。
 こうした行動や組織の原理が対立関係にあるラインとスタッフの組織が、相互に協力し刺激し合い結果をあげる限りにおいては、そこに良い仕事の循環が生じ、それが次の段階の活動サイクルに発展する筈である。
 しかし年月が経過するなかで劣化がおこり、スタッフの行動様式もマンネリ化し、現場からは遠くなり、提示するアイディアも枯渇するようなことになると、スタッフとしての存在感と指導力は薄れる。その機能についても、ラインがみずから実行しても十分と考えられてしまう。

 1980年代後半、平成に入る直前、株式会社東レは「落日のエクセレントカンパニー」と呼ばれていたようだ。業務は低迷し回復の見込みがなく、尻はたたくが具体的方法を誰も示さなかったらしい(十月連載の「私の履歴書」から)。その当時(昭和62年)、前田勝之助社長が就任されたとき、大企業病の外科的処置をしたと書いてある。手始めにしたことは、経営企画室の解体であったそうだ。
 「会社のブレーンであるべきスタッフ部門が評論家的にラインを批判する。私が最も嫌いな行動だ。現場を熟知した社員と総入れ替えをした」。そして「『現場を直視しろ』、『スタッフも全員グランドに下りろ』と命じた」。
 また社内には「責任逃れ」だけでなく、本来やるべきことを部下に嫌われるからといった理由で、やろうとしない「権限逃れ」もあった、と書かれている。
 こうした問題は、実際会社の中がそうであったかどうかもあると同時に、一般的に言って期間ごとに、組織の問題は現場にあったり政策部門にあったりするはずであるから、いま問題の所在がサイクルのどの辺りにあるかの見きわめがいるのである。 

(2011.10.29記)