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イッセイエッセイ

651号 自発ということ

2011年10月26日(水)

 仕事でも何んでもおよそ活動がなされる場合に、なにが一番大切かといえば、そこに「自発」ないし「自発性」があることだ。
 けさ新聞の一面をみていたら、といっても昨日の朝刊を読んでいたのだが、奈良にもミシュランの三ツ星や二ツ星の料理店・レストランが生まれたという記事があった。そこで、どうしてミシュランは関西にあって北陸や福井にはないのかと不思議に思い、一度確かめる必要があると考えたのである。そして丁度そう考えた瞬間に、なぜかこの「自発」という、思うことのない言葉がとつぜん頭に浮かんだのである。そしてこの単語をメモしたのである。いつもメモをしておかないので、思い浮かんだ事実さえ二度と永久に思い出さない経験をしている。

                 (2011.10.20記)

 さてその後、なぜふつう使うことのない「自発」という言葉が天から降ってきたように浮かんで来たのかと自問してみた。そして推量するに次のような推量に達した。もし後日にその話しを持ち出すと、地方にそんな立派な店はない、そもそも全体の店の数が少ない、ミシュランのやり方はうんぬん・・・というように、ああでもないこうでもないといった種類の説明が返ってきて、おそらく将来に拡がるような話しにはならないと無意識に感じたからだろうと思った。
 「自発」とは、積極的・能動的にのactive(活発性)とは多少ちがう。spontaneous(自発的な)や、spontaneity(自発性)、つまりnot forced(進んでする)という意味の「自発(性)」である。
 「自発」に関係した言葉として「触発」という語がある。たえず外の変化に注意を向け、いつも自分の方から反応していく動きがなければ、万事まともな結果は出ないであろうと思うのである。「自発」こそ、人や組織が何事かをなしうるための始まりである。

(2011.10.22追記)