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イッセイエッセイ

649号 暗誦はお好き

2011年10月16日(日)

 赤毛のアンが、里親として自分を置いてくれるかどうか決めかねているマリラに対して、馬車に乗りながら身の上話しをする場面がある。
 「学校に行ったことあるの?」というマリラの質問に対して、「あまり行っていないの・・・でも孤児院にいた間は行っていたわ。あたしかなり上手に本は読めるし、詩ならたくさん、そらで知っているの―『ホーヘンリンデンの戦場』、『フロデン後のエジンバラ』や『ライン河畔のビンゲン』や『湖上の美人』もかなり知っているし、ジェイムズ・トムソンの『四季』は大部分言えるわ。小母さん、背中がぞくっとするような詩はお好き?・・・」と彼女の回想が続く(第5章 村岡花子訳)。
 「湖上の美人」は、ウォルター・スコット(1771年―1832年)の中世騎士物語詩であろうし、ビンゲンの方は、エリザベス・ノートン(1808年-1877年)というイギリスの女流詩人が書いた戦場に倒れたドイツの若者が故郷を思う物語の詩のようである。
 小説の中のアンが最初に名前を上げた詩は「ホーエンリンデン」(1803年)であり、さいわい「イギリス名詩選」(平井正穂編)という手に入りやすい詞華集に採録されており、その詩の中味を知ることができる。
 作者はトーマス・キャンベル Thomas Campbell(1777年-1844年)、スコットランド出身の詩人である。彼の書いた数篇の「戦争詩」は今日でも読まれているという訳者の脚注が付いている。解説には仏、墺両軍によるミュンヘン東方、イザール河畔のホーエンリンデンでの戦況を主題にしたものであると記されている。多分、ナポレオン戦争の時代のことと思われる。
 十歳をすこし越えたばかりの少女が、このような詩をどうして知っており、また暗唱できたのはなぜかという点については、フィックション上ではあるが当時の教育の現況を知る手がかりになるだろう。作者モンゴメリがスコットランド系の出自であり、かつ自分の少女時代の体験と知識をヒロインにこと寄せたのではないかと考えられるからである。
 当時のカナダでは詩の暗唱や文章の朗読がさかんであったのだろう。音楽会の場面(19章)では、アンのライバルのギルバート・ブライス少年が、これも上記にある「ライン河畔のビンゲン」を暗唱し、アンだけは拍手をしないという下りがある。小説の中では、アンを引き取ったマリラは、そういった発表会にアンが出ることは不賛同である。虚栄心が強くなり、出しゃばりになり、ほっつき歩きが好きになるばかり、まったく愚にもつかない行動と批判的なのである(24章)。
 当時は楽しみとその手段が少なかった時代であったろうから、限られた物事に対する人々の関心と記憶は、われわれが想像する以上に強烈であったはずである。暗唱はとくべつに道具のいらないものであり、活動の対象として関心が向けられ、暗唱の機会も得意な人たちも少なくなかったのであろう。
 漢字学の白川静先生が中学校で漢文を教えておられた時の話しを直接うかがったことがある。北宋の詩人蘇軾(東坡)に「赤壁の賦」という長い詩があるのだが、白川先生の教育努力によって教え子たちは長文を暗唱することができた。そのため彼らは白髪の老人になっても村一番の学者として通っていると、先生は呵呵と笑って得意がっておられた。

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              ホーエンリンデン(Hohenlinden)

On Linden, when the sun was low,    日西に傾き、リンデンの野に白雪霏霏(ひひ)
All bloodless lay the untrodden snow;   ために人跡消え、血痕消ゆ。
And dark as winter was the flow       イーゼルの大河、冬のごとく、
 Of Iser, rolling rapidly.             暗澹として(たぎ)りて流る。

But Linden saw another sight,       深夜となるに及び戦鼓轟き、
When the drum beat at dead of night    リンデンの情景忽ち一変。
Commanding fires of death to light     戦鼓は、必殺の砲火を発して
 The darkness of her scenery.        暗黒の夜景に照明を命ず。

By torch and trumpet fast array’d(配置スル),    整然たる(きょか)火と喇叭(らっぱ)に応じ、
Each horseman drew his battle-blade,   騎乗の兵白刃を抜く、一騎また一騎。
And furious every charger(軍馬) neigh’d(イナナク)      怒れる軍馬また(いなな)き、
 To join the dreadful revelry.         流血の狂宴に馳せ参ぜんとす。

Then shook the hills with thunder riven(裂けた);  忽ち雷鳴天を裂き、山また震い、
Then rush’d the steed(), to battle driven;   忽ち軍馬敵陣めがけて殺到す。
And louder than the bolts of Heaven    天を揺るがす霹靂(へきれき)のごとく
 Far flash’d the red artillery(大砲).          轟然と砲火発す、一閃また一閃。

But redder yet(マスマス) that light shall glow    砲火閃き、リンデンの山に炸裂(さくれつ)し、
On Linden’s hills of stained snow;      白雪ために鮮血淋漓(りんり)
And bloodier yet the torrent(急流) flow      イーゼルの大河の奔流、
 Of Iser, rolling rapidly.              さらに濃き鮮血に染まる。

Tis((it is)) morn; but scarce yon(向コウニ) level sun     朝来り、日低く出で輝かんと欲するも、
Can pierce the war-clouds, rolling dun(昏イ),  空に流るる戦雲に(はば)まれて(くら)し。
Where furious Frank and fiery Hun      フランスとオーストリアの猛き両軍、
 Shout in their sulphurous(硫黄色ノ) canopy(天蓋).     拮抗し怒号す、硝煙の下。

The combat deepens. On, ye(汝ヲ) Brave     戦雲深まる。突撃せよ、勇者らよ、
Who rush to glory, or the grave!        栄光へ、死地へ、と突撃せよ!
Wave, Munich, all thy banners wave,     ミュンヘンよ、汝の旗幟(きし)を振れ、
 And charge with all thy chivalry(騎士)!        騎兵の全軍団を投じて進撃せよ!

Few, few shall part, where many meet!  密集隊形のまま、生還を期することなく進め!
The snow shall be their winding-sheet,  白雪は汝らの白き()()
And every turf beneath their feet      踏み(にじ)る草地は
 Shall be a soldier’s sepulcher((tomb))           汝らの墳墓の地。

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 アンの二十八章「たゆとう小舟の白ゆり姫」には、学校が教育当局から国語教育の課目にテニスンの詩を取り入れるよう指定され、アンたちがそれを学んで騎士物語のまねをして失敗するところがある。アンが姫君の役になって舟に身を横たえ、流に身をまかせるところまではよかったが、舟が沈んで助けられる場面である。
 テニスンの詩は「国王牧歌」(1859年)とみられる。その1万行にも及ぶとされる詩は手元にないが、ほぼ同じ詩想のものが171行の「シャロット姫」(1832年)であり、以下に一部をのせる。

(The Lady of Shalott Ⅳ―3)

With a glassy countenance          顔には表情ひとつなく
 Did she look to Camelot.             姫はキャメロットのほうを見やった。
And at the closing of the day         そして一日の暮れ果てるころ
She loosed the chain,and down she lay;  姫は小舟の鎖を解き、身を横たえると、
The broad stream bore her far away,    幅広き流れにのってはるばると運ばれる、
 The Lady of Shalott.                シャロットの姫は。
         (「対訳テニスン詩集」―イギリス詩人選(5)西川美巳編2003年 岩波文庫)

 「対訳テニスン詩集」(二千行余を編選)の訳者は、長年の研究を重ねても詩人テニスン
(1809―1892年)の何万行にも及ぶ膨大な作品に対しては、「海の水を(すく)うごときで、前途遼遠の感しきりである」、と『あとがき』に記す。
 ともあれ「原詩原文のまま詩を味読・鑑賞していただくのが一番理想的」であり、この「詩人の持ち味は、韻律美にうらうちされ‘word-music’を殊更に旨とする詩人」である、とこれは『まえがき』に記す。 

(2011.10.10記)