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641号 古今東西のキャラクター

2011年09月27日(火)

 昨日、ラジオの第二放送をつけると、中国の歴史や文学にあらわれた様々なキャラクターを紹介する文化講演の番組が流れていた。
 中国をメインに日本を含めた古今東西の人物を対比し、それらの人物をまねた講談調の独白をときどき混じえた面白い内容であった。
 この先生がどなたか調べると、加藤徹という明治大学の教授であった。ちょうど昨日が最終回、半年間15回シリーズということであった。次週からの半年間は「歎異抄」を放送すると番組の終りに案内していた。
 以前も断片的に二、三回聴いたおぼえがあったのであるが、すべて人物が「キャラクター」という視点でとらえられている。信長も水戸黄門もスーパーマンもナポレオンも、対比列伝的に三国志の人物や中国の女妖怪たちと比較されるのである。人物の見方が常識や通説から抜け出ており、それだけ斬新で面白くなる訳である。
 最終回のきのうは最後のテーマということであり、中国のナンバーワン・キャラクターという言い方で、かの儒教の孔子先生を登場させていた。解説によると、孔子的なキャラクターはその後二千五百年間にわたる中国の諸人物像に大きく影響を与えたらしく、これがまた日本にも影響したという。もちろん影響は一方的ではなく、中国もまた周辺の地域から別の影響をうけながら互いに文化が発展したという。
 さて孔子的なキャラクターであるが、その特徴をみると例えば、広場に出て大勢の前で演説などは決してしない、だぶだぶの衣服をまとい服装や動作が肉感的でない、大人の男だけが相手にであり女・子供は登場しない、自分がして欲しくないことは人にもしない消極型の哲学をもつ、家族を大事にする考え方である、行動が革命的ではなく権力者を助ける中間幹部的な使命感をもっている(放送ではもっと面白い表現を使っていた)、などなど。
 この孔子と比較される偉人は、やはり西方ではイエス・キリストその人であるらしい。汝の欲するところを他人に為すべしという思想は、一種のおせっかい・ボランティアの源となるものであり、演説型である、ハリウッド映画的であるなどと説明している。そしてキリストの理想は、孔子のように過去(歴史のことになる)に求めるのではなく、この世ならぬ天にあり(したがって革命的になる)、とするキャラクターの対比論を展開していた(518号参照)。
 最近の政治の世界におけるメディア界の主張などをみると、いずれも東洋的伝統からかけ離れている。その論調は西洋的習慣と親和性を有するものが多く、これが政治的混乱をひきおこす要因となっているのではないか。

 

(2011.9.24記)