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イッセイエッセイ

638号 起点と方向

2011年09月20日(火)

 何にでも始まりというもの、つまり起点といったものが一応ある。たとえば「新幹線起点」というものも、実際に在ることを知る。どこにあるかといえば、それは東京駅17番ホーム、東海道新幹線の8号車が停まる辺りの荷物用エレベータの前のところにある。
 皆がそこを通ったり、立っていたりするホームのコンクリート上に、色の異なる円形の石がはめこまれていて、更にそこに方射形の東西南北を示す磁石の矢印のような茶色い金属がはめこまれている。
 これに気づいてなるほどと思いながら、もう一つ意外に思ったことがある。ホームに立って皇居側に向ったとき、自分は当然に北の方を向いているのだと理解していたのだが、実はそれは錯覚であって、ほとんど西(正確には西北西)を向いていることがわかった。
 なぜそんな錯覚が起るのかを考えてみたところ、おそらくはいつも日本の大きい地図を眺めていて、東京と大阪が東西に平行に位置するとおおざっぱに考え、東海道はどこでも東西に走っていると勘違いしているためだと思った。
 自分たちは大まかなパターンで物をとらえているので、より小さいリアリティを無意識に見逃していることになる訳だ。
 しかし、もっと気をつけなければならないのは、逆に狭い場所での生活感覚で生活すると、大局的な位置関係や地政上の方向の意味を見失うのではないかという危険である。

 

(2011.9.15記)