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イッセイエッセイ

633号 フォッシル・ウーマン

2011年09月10日(土)

 「メアリ・アニングの冒険―恐竜学をひらいた女化石屋」と題するこの本は、市立図書館の第4分類―地質学や恐竜学のところにではなく、歴史本や伝記(第2分類)のならぶ書棚の中にはさまっている。
 題名にあるイギリス片田舎の貧しいこの女性の本格伝記は、まだ同国でも出版されていないようだ。本書は日本の二人の作家と古世物学者が、地質学の専門家が余り関心を向けないような未調査の部分を想像と多少の憶測もまじえて、初の評伝としたものと説明されている。(吉川惣司・矢島道子共著、朝日新聞社、2003年)
 ヨーロッパにおける博物学の最盛期、19世紀の前半のこと、M.アニング(1799-1847年)は、当代の多くの一流の学者、専門家、顕紳、淑女たちと対等に渡り合いながら親しく学問的な交際を行った。自らの経験と実力をもって、人間として聊さかも態度において臆することなく、在野の化石発掘家、研究家として立派に生きぬいた伝説的女性の物語である。
 物語の場所は、イギリス南西部にあるドーセット州のライム・リージスという小さい港町。ライム湾の切り立った崖が強い波に洗われ、ジュラ紀の地層の化石や骨格が露出し、これをこの地に生まれ育ったアニングが日々観察と採取をして、この場所がイギリスの化石発掘フィールドのメッカになったのである。
 この評伝から発掘をめぐる前ビクトリア時代のさまざまな面白いドラマを知ることができるほかに、読んでいると当時の社会状況における幾つもの偏見、つまり人々の心における時代の限界というものを感じる。その時代としては当り前の事であったのだろうが、まず貴族と庶民の階級的な隔絶、学者・研究者としての男性と女性の地位の差、神の摂理思想と新しい科学思想の対立(ダーウィンの前時代である。)などがそれである。
  She sells sea shells sitting on the sea shore.
 この英語の早口言葉は大抵の人が知っている。メアリ・アニングのことを歌ったといわれている。
 アニングは13歳にして、海生の爬虫類である巨大なイクチオサウルス(魚竜)を発見、そののち47歳に乳癌で死ぬまでに、プレシオサウルス(首長竜)、プテロダクテイルス(翼竜)など多くの化石の発見者、発掘者であった。彼女の発見した貴重な化石が学者の発表と命名をえて(彼女の名前は付けられていない。)、大英博物館やその他多くのヨーロッパの貴族の館や大学や博物館に展示、保管された。
 今日ブームの恐竜については、この時代からさらに後のことである。陸上の爬虫類ディノサウリア(恐竜目)の研究は、本書にも登場するリチャード・オーエン(1804-1892)に始まり、20世紀に入って急速に進歩する。
 なお、本書をどこで発掘したかと言えば、「世界を知る101冊-科学から何が見えるか」(海部宣男著 岩波書店2011年6月)を読んだとき、その101の書評の一つとして入っていたものである。

 

(2011.9.3記)