西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

624号 空想と行動

2011年07月29日(金)

 6月から9月末まではクールビズである。夏季スタイルの上着なしだから、カバンなど物入れを持つことになる。携帯電話、手帳、日程表、ボールペン、眼鏡、ときには文庫本までがごちゃごちゃと詰め込まれる。いつもはバッグを持つ習慣が少ないので、つい忘れはしないかと心配になる。
 飛行機など乗物に乗ったような時は、体は動かず頭の方がよく働くときにあたる。バックからさまざまな物を取り出したり戻したり、また気が変わって別のものをさがしたり、とかく似た動作を繰り返す。普段は外から見えない頭の中のつまらぬ動きが、バックの出し入れとして象徴的に表われ出る訳である。
 頭の中だけの動きの段階では、その過程は滑らかに飛躍ができるように感じられるが、人間として具体の動作に移るや否や、パソコンの操作のように順序だてて1つひとつを進めるより他はない。
 今朝は強い台風が紀伊半島あたりにあって、ゆっくり時間をかけて直角に東に曲るという余り例のない予報となったために、いま自分の乗っている小松行きの飛行機の航路は全くこれまで眺めたことのないルートをとっている。左側の雲の急にはれた機窓に佐渡島がみえる地点でいったん日本海に出た。そして左に向けて大きく旋回し沈没型の海岸沿いに南西に進んでいる。台風のおかげで新潟、富山、石川、福井の順で素晴らしい日本海沿岸の地形図パノラマに出会っている。
 飛行機の移動は人間の行動以上に機械的であるから、台風で生まれた雲の障害をよけながら、わが機は三次元の空間の中で雲の動きを考えて着実に安全な方向と高度を選んで着陸しようとしている。
 人間の行動は飛行機ほどには機械的ではないものの、そもそも頭の中で良しと考えていることだけでは、余りに空想的すぎていざ行動に移しでもすると混乱を生むだけのことが多い。これは単なるカバンの開け閉めには終らない。イソップ話にある乳搾りの娘のように、市場で空想をたくましくしている内に、頭上に支えていたミルク桶を覆してしまうはめになる。

 

(’11.7.20機中記)