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イッセイエッセイ

611号 地人論

2011年06月11日(土)

 地理を学ぶ目的について、内村鑑三は「地人論」(明治廿九年)において、「地球表面今日の有様」を研究するのが地理学であるとして次のように言う。
 「この小豆大の地球こそ自分たちの生命の繋がる所にして、我はこの地に始めて生を有し、この地に育せられ、この地に自覚し、この地に愛し愛せられ、ついにこの地に死骸を遺して逝く。我に生を給せし地球、我の生命を与ふる地球、我の遺骨を托する地球、我これを研究して休まんや」(11頁)。
 「我の国旗の翻らざるがゆえに世界は我有にあらずと思うなかれ。該博なる知識と猛勇なる精神は、我々を世界の主人たらしむるを得べし。世界地誌を学ぶをもって、火星の地理を学ぶがごとき用なき益なきことと考うるなかれ」(14頁)。
 またアレクサンダー、シーザー、ナポレオンなどを挙げ、地理学を学ぶことなく政治を談じてはならないと吉田松陰の言葉を例にして述べる。
 「吉田松陰が其僕某に告げし言は真理にして事実なり、彼は曰く、地を離るれば人なし。人を離るれば事なし。故に事を成さんと欲する者は應(まさ)に地理を究むべし」(16頁)と。

 本書は、日本の地政学の先駆と考えられ、著者も言うように叙述の仕方に「やや想像力の濫用」の感はあるが、「世界地理の一大詩篇」として、通俗性、啓蒙性もある読み物である。
 その中で気になるところもある。「日本の地理と其天職」(第九章)において、次のように言う。
 「其七尾、敦賀、宮津、境等は良港の形をなすと雖もその掌握する産出地は甚だ狭隘にして大船を寄するの要甚だ尠し。加うるに西北季節風の強荒なる、航海は半歳殆ど杜絶し、舟楫の便、甚だ佳からず。其東海の湾深くして風和なるに比すれば、彼の優、是の劣、実に同日の譚にあらざるなり。余輩は言えり、日本は東に面し西に背すと。即ち東に開いて西に閉ざす。即ち欧州の正反対なり。」(156頁)

 この「地人論」は、冒頭に「参考書目」として、近世地理学の祖といわれたカール・リッター(1779年―1859年)、その弟子のアーノルド・ギョー(1807年―1884年)、またヘーゲルの「歴史哲学」などの諸書を掲げている。
 カール・リッターの学問的業績を調べてみると、リッターは「地域」という概念を導入し、そこに地形、気候、植生、地質という要素を人間生活と関連させながら、地理学をつくりあげた。
 「思慮ある政治家が、もしその国の地理学上の性質を沈思黙考するならば、その国が為し得るであろう事業ならびに達することができるであろう発達の程度のおおよそを予知することができるであろう」(リッター)。
 このことは、現在の47都道府県の戦略にも言えることかもしれない。

 

(’11.6.5)