西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

595号 アジアへつながる日本海(港湾・物流について)

2011年03月04日(金)

 いよいよアジアの時代が到来。アジアと交流するうえで、福井は極めて有利な地理上の条件下にある。

 江戸時代、日本海側は、地方の特産物を満載した「北前船」が走っていた。21世紀の現代になってふたたび、日本海は太平洋よりも多くの「コンテナ船」が走る要路となってきた。高度経済成長期の以前には裏日本とも呼ばれた時代があったが、アジア時代の日本海はふたたび表舞台としての場所になるだろう。

 敦賀湾と伊勢湾・大阪湾を結ぶラインは、日本海と太平洋が日本列島の中で最も接近している場所である。試しに地図を逆さにして眺めると、敦賀と名古屋、大阪を結ぶ地形が極端にくびれて細く見えることに驚く。いつもの上下の地図を見たのでは本州中部の横の広がりが目立ち、伊勢湾・大阪湾のへこみが感じられないため、列島の特徴がわからないのである。

 もし、明治維新の到来があと何十年か早かったと国史に反する仮定をしたら、敦賀から琵琶湖、伊勢湾・大阪湾に、鉄道ではなく運河が開かれていたのではないかと、想像できる。それくらいこの日本の中央の地峡は絶対距離が短いのである。実際はちょうどパナマ運河とほぼ同じ距離(約100km)の狭さなのであり、富山、金沢と比べて半分の距離である。

 舞鶴若狭自動車が4年後には全線開通し、北陸道と直接に結ばれることにより、福井周辺の高速交通体系が大きく変わる。敦賀港の整備もどんどん進んでおり、アジアとの交流にとって福井・敦賀は極めて有利な地政的な条件をもつことになる。

 こうした優位性をぜひとも活かして、アジア・環日本海の物流拠点の役割を果たし、アジアの活力を積極的に取り込んで、福井の新しい発展・成長を目指したい。

(’11.2.28記)