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イッセイエッセイ

592号 はやぶさの大旅行(教育について)

2011年01月27日(木)

 小惑星探査機「はやぶさ」が、多くの困難に会いながら、僅かな好運を生かして、7年ぶりに地球に無事帰還した。そして「いとかわ」と呼ばれる小惑星から固有の物質の科学的情報を持ち帰ってきた。
 「はやぶさ」は命のある生き物では決してない。しかし、今回の大宇宙での冒険的な旅行について、われわれは人間に対してしか使わない「けなげ」とか「ひたむき」、あるいは「いちず」、「りちぎ」といった一種の感情移入をしてしまうのは不思議である。
 先日の講演会でも、プロジェクト・マネージャーの川口惇一郎さんがそのような意味の解説をされていた。
 宇宙空間では地上とは時間の感覚が異なり、起った事態を地球に伝えるのに要する時間、そして指示を返す時間、それぞれ一時間近くかかるそうだ。だから例えば、探査機が惑星上で姿勢を崩してしまったことを知って体勢を立て直す信号を送っても、当然のことながら手遅れということなのだ。
 そうなると「はやぶさ」自身にかなりの程度の自立的な判断ができる能力をそなえていないと、不測の事態には臨機な対応ができないので、「はやぶさ」は独自にロボット的な機能を一部もっているように作られているわけである。単なる指令待ちの受動的な器械ではないのである。
 今回の福井での1月9日から5日間の「はやぶさ」の展示会には、親子連れをふくめて2万人以上の見学者を記録した。これは福井っ子のサイエンス教育には大きな効果があったはずであり、主催者としてやりがいがあったと思う。
 そしてさらに思ったのだが、教育一般に言えることとして、子供たちが教えられるままに従って人間として自立度の低い教育を受けることになってはいけないということなのである。そうであっては、これからの長い人生の旅路を、独立独歩では生き抜けない福井っ子になってしまうからである。

(’11.1.23記)