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イッセイエッセイ

584号 次の準備

2010年10月08日(金)

  日常生活でも、ある動作をする前に次に必要な動作の準備ができていることは、すばらしいことだ。
  たとえば駅弁を車中で買うとする。しかし、お茶は断然暖かいに限ると思っているのに、車内では冷たいお茶しか売っていないことに気づく。駅ホームの売店で弁当といっしょに熱いのを買っておくのを忘れてしまう。結局熱いものにこだわって、にがいホットコーヒーを注文することになる。
  畑仕事をすると汗びっしょりになる。家に戻って急いで湯を浴びる。そこまでは順調なのだが、下着を用意していないことに気づき、前後不覚で困ることになるのである。
  こうした実にどうでもよいようなことでも、やはり不愉快や不都合の材料になる。
  まして、日常を離れより高いレベルの準備はもっと難しく、頭を使った周到さが要る。しかし、どうしても目の前のことに追われ、次の用意ができないことが多い。より問題なのは、次の準備が必要であり用意もできたはずなのに、そのことに気もつかず仕事を続けることであろう。時間の順番に従って、前の仕事の後に次の仕事を進めるだけでは、万事ものにならないことが多い。ずっと後になって、なるほどそうだったかと気づくような巧い仕事ぶりは、スパイ映画などにはよく出てくるが、現実の世界ではあまりお目にかからない。

(2010.9.18記)