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イッセイエッセイ

1339号 自分は勇士だと言え

2019年02月09日(土)

 われわれは時折、戦いに臨む勇士のように周囲から強く励まされることがある。スポーツの試合の選手として、あるいは今の季節であれば入試に臨む受験生として、『頑張って』と励まされる。政治の話をするなら、選挙の際は本来は他人からの支援が基本なのだが、殆んど類似した言葉を身に受けることが多い。
 そういうとき、一見多数にみえる相手の勢力に気落ちし勇気を失せそうにする人達をどう励ますか。
 そのときこそ強い少数派(・・・・・)の中に踏み止まらなければならない場面なのである。まさに元気を出さなくてはならぬ瞬間なのだ。
 「思慮深くあれ」、「こっちの方が得だぞ」、「失敗はするな」・・・謙遜の気持ならまだしも、臆病の方面に人の心を誘う言葉が世の中に沢山ある。
 しかしそこからは能動的な人間が生まれない。私たちが持って生まれた才能や勇気を実際に用いるためには、周囲からの励ましがどうしても必要にはなる。それが最初に述べた「頑張って」という日常用語になるのであろう。つまり「あなたは勇士」だと周りから言って呉れている訳である。そう言って貰えるのは嬉しいし、また内心期待もするところであろう。
 弱くて小さいものたちを真の勇士に育てることは、学校や社会が行う教育の眼目であることは確かである。
 だが、この段階で話しが済む訳ではなく、究極がある。
 その昔、イスラエルの神がみずからの国民(くにたみ)に向って告げた言葉は一層厳格である。意味するところは生易しくはない。
 定かではないが紀元前八世紀頃であろうか、イナゴの襲来による大災害や周辺の異民族の攻撃侵入による危難が小国イスラエルの民族に降りかかった。この危急存亡のとき、預言者ヨエルを通してイスラエルの神が国民に告げる。
 「   兵士をことごとく集めて上らせよ。お前たちの(すき)を剣に、鎌を槍に打ち直せ。弱い者も、わたしは勇士だと言え。諸国の民は皆、周囲から集まり、急いで来るがよい   
                                       (旧約聖書「ヨエル書」4章4節~11節)

 たといお前たち弱い者であっても「わたしは勇士だと言え」。各人が弱くとも人任せや他の励まし助けを求めずに、先ず勇士だと自分から名乗って立ち上がれと呼びかけ、鼓舞するのである。
         (「眠られぬ夜のために」ヒルティ 第2部、「婦人の友」2017・8<今日のいのり・鈴木正和>などから)

(2019.2.4立春  記)