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イッセイエッセイ

1337号 勢力と心的要素

2018年12月30日(日)

 現代ではほとんど顧みられることも少ない19世紀末から20世紀初頭に生きたスイスの敬虔な思想家・政治家の言葉に、次のような幾節かがある。

   あなたは政治(・・)を全く放棄すべきであろうか。断じてそうではない。あなたの国を助けてそれを維持(・・)しなければならない。国家はいまやまさに、大いにそれを必要としている。だが、いわゆる「時代精神」に仕えてはならない。またその標語(スローガン)に敬意を払ってはいけない(C・H(2)6・30)
   われわれがなんらの積極的な生活をいとなむかぎり、敵の攻撃は避けがたい(C・H(2)8・21)
   勇気は、つねにいくらか努力すればしばらく持ちつづけられる一種の気分であり、やがてそのうちに助けも与えられ、事情が好転することになる。戦争においてもその通りである。人生は戦争とよく似たところがあって、同じような戦術的原理に従っていとなまれるものである(C・H・(1)6・15)
   現代では軍事上でも認められているように、行動に移る決定的瞬間には、「心理的要素」がきわめて大きな役割を演じる。それまでに十分に獲得された力と原理をもって、勇敢に事にあたる者は、決定的な勝利をおさめることができる(C・H(1)12・16)
 ヘロドトスの「歴史」が伝えるところによると、紀元前480年のこと、ギリシア連合軍のスパルタ軍の猛将レオニダスは、アテネ北方の要衝テルモピュライの地峡にとどまり、ペルシア数万の軍勢に対し僅か数千の少数精鋭でもって多勢に無勢の状況下、クセルクセスの投降要求に対し「来たりて取れ」と言い放って死守した。
 この意気がその後のサラミスの海戦、プラタイヤの戦いにおけるギリシア軍勝利につながったのは有名な史実である。
 話題は飛躍したが、数の勢力に対して心的要素の持つ意味に深く関係する事柄であるので記した。
       

                                         (2018.12.29(土)記)