西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

1331号 雑想(26) 注意して聞く/リピータかリポータか/アナログとアナクロ

2018年07月11日(水)

○話し半分
 世のことわざに「話し半分」といのがある。人の話しには誇張や脚色がつきものだから、内容を割引いて理解した方が真実に近いという喩えである。これであれば話し半分で聞いても、この話しは結果が上手く行ったなということになる。
 以上は話し半分の通俗的な説明である。このことわざの反対解釈による現実的な説明がもう1つある。話し半分というのは、人の話しというのは大事なことが半分しか話されていないものであり、残りは話されないままになっているという意味である。そうなると話し半分は、割引くどころか割増しをして想像力を加えなければ真実に近づいていかないことになる。したがって人の話しは一方で割引かなければならず、更に割増しもいるということになれば、いよいよ人の話しには注意してよく耳を傾けなければならないことになる。

(2018.6.17 記)

○リピータよりリポータ
 観光の戦略を論ずるとき、訪れた人たちに対し良きおもてなしをしてリピータに是非ともなって貰わなくてはならないと言う。なる程その通りであり、それが理想の観光の姿だと思われる。しかし観光客に対しリピータを一般に期待することは過ぎたる望みであって、自分の身になっても一度訪れた場所にもう一度あるいは度々行く気持にはなかなかならないものである。むしろそのことよりも訪れてくれた人たちがクチコミを通じてわが土地にはうまい物があり、良いところだと好評を広めてくれることが大事であり、より容易で効果的なことではないだろうか。つまりはリピータではなくリポータになって呉ることに努力を尽くすことである。

(2018.6.18 記)

○アナクロの良さ
 昨日、時代小説家の山本一力さんとお話をする機会があった。山本さんは「あかね空」(2001年直木賞)など数多くの江戸を舞台にした人情物の小説を書いておられ、今回はふるさと文学館の講演のため来福されたのである。
 山本さんに何か福井で良いと感じられたものが有りますかと伺ったところ、即座に福井の駅がとても良かったという返事であった。妙なことを言われるのでその理由を聞いてみると、次のようなことであった。
 昨晩、福井駅に着いて、改札を出ようとしたとき、改札が自動式ではなく、切符を女性の駅員が受けとってくれた、という話しなのである。このことが面白いと何度も言われるのである。山本さんは駅前のホテルに宿をとったのだが、先ほど改札を通り過ぎた時に、何んとなく無意識に通過したので、勘違いのような気もして果して本当であったかもう一度駅に戻って確かめたと言うのである。
 秋にはイコカの自動改札になってしまいますよ、と申し上げたら残念だという顔をされた。われわれが早く良くしたり無くしたいと考えているような事象が、外から見ると面白いとか良いことだと感じられるのは不思議である。

(2018.6.18 記)