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イッセイエッセイ

1307号 月夜の晩ばかり

2018年04月11日(水)

 今日(3月31日)は美しい弥生の満月である。まん丸であるのみならず黄金色であり、我がおぼろの眼でもってしても兎までが昔のようによく見える。
 昼は畑に行ったが、いよいよ春たけなわ、青蛙、土の中から殿様蛙、初蝶(やや弱々しく)、亀虫二対、ダンゴ虫たくさん、虫柱など、すべてこの春としては初物ばかりに一度にお目にかかった。畑の隣の桜も満開である。
 庭の花壇にきゅうすの茶葉を捨てるために出た。暗いかと思いきや満月だから月明りがする。地面がそれなりによく見えるのである。もう月はかなり高くのぼっており小さくなり、秋の名月のようなやや冷々とした雲は全くない。
 このときふと月の満ち欠けをたよりにした大陰暦が長く日本で使われてきたことの意味に思い当った。太陽の高さや昼の長さは、春夏秋冬を現わし、農作物や明るいうちの仕事の都合には限りなく大事なことであるが、太陽はいつも満ちた陽であり、変ることはない。しかしこの月こそは、毎日、順序よく少しずつ変化し、日時の移り変りを知るにはぴったりの目印であったにちがいない。そういうことより更にもっと知るべきは、ともかく昔の夜は、ただただ暗かったであろうという事実だ。夜であっても月さえ出ていたならば、道に迷ったり、闇討ちに遭う心配もなかったことであろうというものだ。浮かれ歩くのも闇夜ではちと自重したかもしれない。源氏物語であれ鬼平犯科帳であれ、暗黒の闇と月夜の晩とのちがいを想像しないと、物語の面白さは分からないかもしれぬ。さらに言うならば、われわれ人間の遠い祖先が夜行性の生き物ではなかったかと想像すると、全体としての夜への親しみと同時に暗闇へのおそれと月夜への安心といった自然の気持ちを抱く理由もなんとなく腑に落ちる思いがする。

(2018.3.31(土) 記)