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1305号 有隣のこと

2018年04月01日(日)

 今年は、明治維新から150年を迎える大きな節目の年。昨年、坂本龍馬が暗殺される5日前に福井藩の重臣中根雪江に宛てた書状が発見され、幕末史における福井藩の役割の大きさが見直されている。
 その福井藩において、松平春嶽の命により財政の立て直しに奔走したのが由利公正(三岡八郎)。由利は、「民富めば国富む」の考えのもと、生糸、お茶など領内物産の輸出や、農民が資金を獲得するための藩札発行など、従来とは異なる重商主義的殖産興業を目指した先覚者である。
 また、明治政府の基本方針「五箇条の御誓文」の元となった「議事之体大意」の中において「万機公論」「士民心を一つにし 盛んに経綸」など、人々に膾炙されている民主的な考えを掲げて明らかにした。
 経済の観点から日本の近代化の礎を築いた由利は、当時親交のあった福沢諭吉が著書「西洋旅案内」において紹介した「災難あれば組合より大金を出して其損亡を救う仕法」が日本にも必要と考え、日本初の近代的生命保険会社の創業にも功績を残している。
 明治14年、福沢の門下生、阿部泰蔵(あべたいぞう) は由利の住邸宅の2階に明治生命を創業した。生命保険への理解が著しく低かった当時、阿部が創業の認可を東京都から受けられたのは、かつて東京都知事であった由利公正の尽力によるところ大であることが、明治生命の社内に伝えられているそうだ。
 また、明治27年、由利自身も仏教徒向けの生命保険会社として京都府に有隣生命を設立し、初代社長に就任している。有隣生命は大正7年に神国生命と統合、昭和18年には明治生命と合併し、今日の明治安田生命に続いている。
 さて、この3月14日、明治安田生命保険相互会社と福井県の間で、地方創生に関する包括連携協定が締結された。同社が由利とゆかりがあることから「由利公正 明治福井150年顕彰」を記念して、健康づくりや本県のブランド発信などを協力して進めていくこととしている。そして奇遇なり。締結式に来庁された同社会長の鈴木伸弥氏は、由利家の始祖の地である秋田県の由利本庄市(かつての由利郡由利町)出身であることがお話の中でわかったことである。
 「有隣」とは、論語における「徳は孤ならず必ず隣あり」からきているそうだ。由利公正の幅広い政治や経済の活動精神が、時と場所を超えて、現在も人々を結びつけているようである。

(2018.3.25 記)