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1304号 外交における現実主義と理想主義(続々)―利害と理念利害と理念

2018年03月25日(日)

 政治学や歴史学の場で、国家の「理念」と「利害」という二者を対立する概念として論じる手法によく出くわす。ある国の国家戦略上の失政は、相手国の理念を理解せずに利害中心に走ったことに在るだとか、その国の政治は目先の利害ではなく理念が動かしているのだ、と言った文脈においてである。
 E・H・カー著『危機の二十年』における「ユートピア」と「リアリズム」をめぐる対立、道義と力の二項対立というテーマの措定は、政治思想におけるこうした文脈の代表的な典型例である。さらに一世紀前にさかのぼってマイネッケの「国家理性の理念」なども、この理念と利害の両者をどう橋渡しできるかをドイツ的精神でもって苦悩している作品である。
 天も地もそれぞれに天なり地なりの利害を持つ。それをあからさまに押し出すことに憚る。自らの利益を超えた別の利害を持ち出す。天にあっても地にあっても、ましてやより低次の火や水の損得をあげつらう訳にはゆかぬ。天地合わせた宇宙の利害を主張することにより天地の利害は理念に変化するように見える。地動説、天動説いずれにせよ宇宙の大運動の中にあっては相対化していく。
 この或る国の「理念」というのは、近代の外交史を見たときに結局のところ、他の諸外国の実力をどのように評価し、これらを自国の将来の優位にいかにつなげてゆくかの観念像であるということがうかがい知れる。

(2017.12.6 記)