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イッセイエッセイ

1301号 無常と道理

2018年03月25日(日)

 われわれ日本人のものの考え方の中には、さまざまな出来事に対して誰かがみずからどう為したからという理解よりも、おのずからそう成ったというような観念が、万事にわたって働いている。それは、豊かでありながら気まぐれな厳しい自然と一体となって、われわれが比較的に平安な島国の、その中での村や町の共同生活が営まれてきた環境条件に拠るところが多いせいであろう。そして日本人の伝統思想には、手習い歌として長く親しまれてきた「いろは歌」にあるように、<有為(うゐ)の奥山今日(けふ)こえて浅き夢見じ()ひもせず>、つまり深い世の無情を感じると同時にこれを乗り越えて行こうとする日本人の心がそこにある。これはまた「もののあはれ」の本来の精神でもある――大体このようなことが、高校「倫理」の教科書(東京書籍)の冒頭の所に説明がされている。
 こうした物の見方は、ずっと以前に学校で習ったことのあるような自己理解でもある。
 この世の無常感や物のあわれの精神は、一方で、気まぐれ、投げやり、その場しのぎ、人まかせといった最近ことに著しく変化している精神とは微妙なところで区別されるべき心の持ち様であるから、教科書としては、生徒に心があらぬ方向に放浪してはならぬよう注意を向けようとしていると思う。

 最近、「能楽名作選(上)」と言う本を眺めた。上演の頻度が比較的高い名作から30曲が上巻には選ばれている。
 「平家物語」を基に世阿弥が作ったとされる修羅物『清経(きよつね)』は、都に妻を残したまま戦さに赴いた平清経が、敗れて西国の豊前柳ヶ浦で入水して果てて後、臣下の淡津三郎が形見の黒髪を清経の妻に届けて起る話である。清経の妻の方は夫の身勝手を責めて受取りを拒む。しかし清経の亡霊はこの世の無常を妻に伝えるべく現われ、世の無常と同時に念仏の功徳と成仏を説くのである。
 「…ただ一声(ひとこえ)を最期にて、船よりかつぱと落潮(おちじお)の、底の水屑(みくず)と沈み行く、憂き身の果てぞ悲しき
  …来し方行末をかがみて、つひにはいつかあだ波の、帰らぬはいにしへ、止まらぬは心尽くしよ、この世とても旅ぞかし、あら思ひ残さずやと…」

   (「能楽名作選 上」天野文雄著 角川書店2017年 「清経(きよつね)」から)

 一方、『自然居士(じねんこじ)』という演目は観阿弥の作とされており、時の将軍義満が本曲をほめたという話しが『申楽談儀(さるがくだんぎ)』に出ているそうだ。これは鎌倉末期の禅僧がモデルになっている。京都東山の雲居寺(うんごじ)の自然居士、弁慶まがいの弁舌の強さと芸の達者をもって高僧ぶりを発揮し、信心な娘の身を救うというハッピーエンドの物語である。
 両親の菩提を弔うため一人の少女が、東国の人買いに身を売り、その金で小袖を寺への布施に供する。居士はその次第を知り、結願直前の説法を敢然とり止め、人商人(ひとあきびと)の後を追い人買舟を押し止どめた上で、押し強い問答のやりとりを展開して相手を根負けさせる。しかしただでは済まさぬと商人たちは自然居士にうわさに高い舞いを無理強い所望する。僧はやむ得ずしてこれに応じ秘蔵の曲舞の芸を尽くして彼らを満足させ、少女を取り戻して帰洛するという物語である。
 以下、参考に引用を断片的に記す。

○僧(シテ)…仏道修行のためなれば、身を捨て人を助くべし…
      …舟なくとても説く(のり)の、道に心を()めよかし(舟はなくても、彼岸に導く舟、法の道がある)…
○商人たち(ワキ)舟よりおん下りなくは強訴(ごうそ)を致そう(舟から下りにならないなら、ひどい目にあいますよ)
   (シテ)強訴といつぱ捨身(しゃしん)(ぎょう)(それこそ捨身の修行だ)
○(ワキ)命を取らう(命がないぞ)
   (シテ)命を取るともふつつと下りまじい(命とられても、絶対に舟からは下りぬ)
  (ワキ)なにと命を取るともふつつと下りまじいと(ぞうろ)ふや(なんと命をとられても、絶対に舟から下りぬとな)
   (シテ)なかなかのこと(そのとおり)
  (ワキ)いやこの自然居士にもてあつかうて候ふよ(いやはや、この自然居士にはほとほとまいったことよ)
○(シテ)おうそれは狂言綺語にて候ふほどに、さやうのことも候ふべし、舞を舞ひ候はばこの者をたまはり候ふべきか(ああ、それは人々を仏道に導くための方便としての舞だから、そういうこともあったのだろう。舞を舞ったのならば、この者を返してくれるか。)・・・

(前場書「自然居士」から一部)

 こちらの能楽の演目の方は、諸行無常の乱世にあって風流の中にも道理を通さんとする力強い精神の動きを感じさせる。

 この二つの能楽を読んで、要すれば室町期には互いに異なった傾向が共存しはじめていることがわかる。我々が後者の方に親近感や好感を覚えるのは、今の精神により近いからかとも思う。

 松尾芭蕉の夏の俳句に小袖を材料に読んだ句がある。しかし芭蕉の句は世俗の衣を眼前に示しているものの、この『自然居士』の小袖の面影に寄せて作ったやも知れぬと深思いをした。そこで、かの娘も若くしてみまかったかと見立てて、僭越ながら後日の僧の心境を推しはかり付句をした。結果は、無常に戻ってしまったことになり、かつは話しを横にそらしてしまった。
   亡き人の小袖も今や土用干し
     人買船を止めて舞いしに
 さて、二つの能楽の原文を断片的に引用してみたくなったのだが、それは詞章の詩的な響きに日本人としてなぜか共感するところがあるが故であろう。
 本書の編者である天野文雄という方がどういう専門家かは知らぬのであるが、その現代語訳や解説の表現から見て、この分野の専門家ではないかと感じた。
 巻末には「能への招待(上)」というエッセイがあって、「能は不変」ではないとある。つまり現在の能も、昔からの伝統に沿ってそのまま演じられている能そのものではないと言う。たとえば一曲の上演に要する時間は、六百年ほど前の世阿弥の時代には、現在の半分以下の短さであったとみられる。現代人にとって能を退屈で分かりにくくしているスローテンポな現象は、実は昔はそうでなかったということになる。能の上演が徐々に緩慢な動きとなって、現在もなお進行中なのである。世の中がだんだん早くなる一方だから、能のゆっくりさが逆方向に反動しているということなのだろうか。
 話が「倫理」の教科書から、謡曲の「名作選集」へと逸脱してしまった。

(2018.1.28 記)