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イッセイエッセイ

1287号 逆詰将棋

2018年01月19日(金)

 新聞や週刊誌に毎週載っている「詰将棋」がどういうものかについては何らの説明はいらないであろう。各誌の詰将棋の欄に目をやると、解答のヒントとして、たとえば五分で初段であるとか、九手詰めであるとか、竜を捨てよ、などと書かれていたりする。
 しかし新聞の詰将棋のレベルになると、問題そのものが易しくもないし、空で頭の中に駒を動かしてみても限度があり、大体は15分ほどの試行錯誤の後にお手上げになる。残念ながら気晴らしにはならず、精神衛生上も良くない。
 最近の将棋の世界は、中学生の藤井四段の活躍で俄然面白くなり、先週は羽生さんが永世七冠を達成したとのニュースも生まれ、さらに将棋囲碁の名人二人が初の国民栄誉賞を受けるという楽しい話題も聞かれる。
 我々が子供の頃知っていた加藤一二三(ひふみん)九段は、将棋のかつての天才であり、著書によればカトリックのクリスチャンでいらっしゃるようだ。国民の人気は高く又さまざま有益な書き物を世に出しておられる。加藤さん著の『ひふみん将棋入門』を手にとると、そこには将棋の指し方の基本や後半の各頁には詰将棋の問題が載っている。
 ここでの詰将棋問題は手ほどきの初歩の初歩であるから、三手詰つまり王手を二回掛けて終了するという問題である。さすがに少し考えると答えの筋がわかり、学校時代に幾何の問題や因数分解が解けたときのように、頭脳の直感領域に良い刺激を感じる気分になる。
 それでは初歩から次の段階、五手詰将棋になると難度はどうなるか。攻め方としてはあと一手数王手が増えるだけであるがそう簡単にはあらず。AI的には盤上の手数の組合わせに2回乗数が加わり、また相手の駒を一つ取って使うような応用問題もたまには入っているので、実際の盤面で駒を動かしてみてもすぐには解けない。五手といっても五分間の気晴らしという訳には決してならず、素人には難問少なからずなのである。
 高橋道雄九段という棋士が、実践の終盤戦を指しているような気分をとり入れたとする『五手詰将棋』(創元社)を出版しておられる。しかしこの本の五手詰もさして簡単ではないのである。何問か解くうちに問題には馴れてくるのであるが、200問を超える詰将棋のうち10問に1問程度は時間がかかり、翌日までしばらく放っておかなくてはならない。
 それでも解答を見ずに我慢して再挑戦すると、五手詰レベルでは頭脳の範囲にようやく入るらしく、なんとか最後には解くことができる。手筋が五手の組み合わせ数であれば答えが見つけ出せるのであろう。
 そこで難問にしてしまう大体の原因にはいくつかあることを知る。
 飛車の「タテヨコ」十文字の利き筋には意識が及びやすいが、角のけさ掛けの「ナナメ」利きが頭に入りにくい、両王手の形で詰む時に、「遠く」から働く飛車や角の利きを思い描きにくい。さらには、相手の合駒を無効にするため自駒を「引き」しかも王が近づけず同時に開き王手にする一石三鳥の手、金銀の前後ナナメの組合せは両駒とも取れないこと、打ち駒をとらせて逃げ道をふさぐ形などが難しい。
 さて本題に入るが、どうしても解けないときの話しである。
 気分を変えて盤面をひっくり返し、つまり反対側に立って玉将を逃がす立場にしてみる。相手側(詰める側)がどう攻めてくるかを考えて守りとして最善を尽くそうとすることになる。この実験を実際にしてみると、なかなか面白いことがわかる。
 まず平面上も心理上も攻守ところを替えるため、まるで盤面が別物に見え、全く違った問題の詰将棋をしている状況になる。例えるならば線だけで描いた立体のサイコロの形を、六面体としてそのままの立方体として認識するか、あるいは脳味噌を転換し天井スミを斜め下から眺める形かの違いになる。
 それでは肝心の解けない将棋の詰めをこれによって解けるかという点なのだが、実際にやってみると、30分以上考えて出来なかった問題が5分以内で解けるのである。15問ほど試したが1回をのぞいて全て解けるのである。
 しかしその理由が必ずしも定かではない。あえて理由をつけるなら、これまで時間を十分かけているので解けただけのことかもしれぬ。今朝は頭がすっきりしているのだ。しかしこれでは余り面白い理屈にはならない。もっともらしく論ずるならば、立場が反対になったため最初の平面上では見えなかった手筋が今度は見える、あるいは先入観にとらわれて凝り固まっていた思考法が解放される、あるいは攻撃側よりも守勢側に立つ方が敗けてゆく手筋が残念ながらよくわかる、といったところであろうか。
 ことわざにも岡目八目と言うのがあるが、守勢側からしての「逆詰将棋」は、攻守が入れ替り、縦横斜めの把握において視点の全く変った別の世界が見えることは確かである。視覚的にも自陣の玉将もふくめた各駒の底の部分が立体的によく目につき、たえず背水の陣形を意識するのである。
 人生訓としては、攻めるには守る立場になるが良し、さらには相手の立場で考えることが己が利につながる、ということになろうか。

(2017.12.16 記)