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1249号 外国語を暗記することは役に立つか?

2017年07月16日(日)

 今日(2017.7.2(日))読売新聞「えいご工房」に、ジャパン・ニュース(6/26)から「民泊問題」の英文社説がのっている。
 その結びの一文について、
 “サービス事業者は様々な問題に対する責任ある対応が求められている”
という日本語を耳にしたとすれば、日本人の自分たちは直ぐに1~2回聞いてこの文をそのままそらんずることは、特別の記憶力がなくとも容易なことであろう。
 ではさて次の一文を聞いて(見ても可)、すぐに間違なく暗唱することができるであろうか。もしも、困難を感じるとしたらどれくらいの練習回数が要るだろうか。
 “Service providers are required to take full responsibility for any problems.“
 実験をすると通常であれば、7~8回程度の練習が必要であることが分かる。もし文を見ずに聞くだけであったならもう少し回数を要するだろう。
 なぜ英文になると記憶の再現にそれほど時間がかかるのであろうか。
 思いつく理由はと言えば、一言では外国語であるからなのだが、さらに話し手の心理的な内面を追ってゆくならば、大略次のような理屈がつくのかと思うのである。

(1)大きくは、なじみの弱い「語彙」と「文法構造」の問題が背景にある(これは一般的で当り前)
(2)次に個別論として、

  • ・受身形(しかも主語が複数形)の英文の大枠に、外国語として心理的なストレスがかかる。
  • ・語句としてのto―語句、for―語句が、前置詞に違いがあり、また相前後して出てくるため、どちらがどちらかとなって混乱が生じやすい。
  • ・最初のproviderと最後のproblemの複数形化に、十分に注意が行き届かない。
  • ・外国語の音として、音型の類似性に対する混乱、プロバイダーとリクワイアの区別がしにくく、加えてリスポンシビリティとプロブレムの瞬発的な選別。etc.

 以上のようなことを推量できる。従ってこの一文を記憶し、滑らかに口に出す訓練をし終るならば、このタイプの英文――(受身)+(不定詞)+(連体句)――は聞き取ることができ、かつ話すことも克服できることに一応なる(?)。
 よって授業では、さまざま日本人を混乱させる普通に使われているタイプの英文を、極力、類型化・網羅化させてそらんずる訓練が有効だと思うのだが如何か。

(2017.7.2 記)