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イッセイエッセイ

1248号 polyarchy(民衆支配)とmonarchy(一人支配─君主制)、oligarchy(少数支配─寡頭制)

2017年07月16日(日)

 ロバート・ダール(1915-2014年)は、『ポリアーキー』(1971年)という著書において、「民主主義」という言葉について――一方では善き政治社会という理想を表わし、他方では主に19~20世紀に生み出された具体的な政治制度を指す言葉――、この二つの概念の混乱を整理するために、「ポリアーキー」という現実的な分析の概念(実際に存在する比較的民主化された体制を指す)をつくり出したといわれる(「ポリアーキー」高畠通敏・前田脩訳、宇野重規=解説 岩波文庫 2014年)
 つまり政治理論において、「民主主義を民主化する」という矛盾した混乱におちいらずに、現実にある「ポリアーキー」をより民主化するという仕方で語ろうと意図している、ということである。

 (拙注)「ポリアーキー」とは、あえて言うならばよりましな(より閉鎖的、抑制的でない)方向の民主体系を指す分析上の概念ということになろうか。

 本書においてダールは、完全な「抑圧体制」から、「平等」と「参加」による完全な「ポリアーキー」までを一つの連続体とみなし、かつ現実の政治世界に存在しているさまざまの体制が、資本主義や社会主義のイデオロギーとも独立しているという仮説の下に、7つの要因――歴史的展開(ポリアーキーへの経路)、社会経済秩序(権力の集中・分散)、経済的発達段階(国民所得など)、平等と不平等、下位文化と政治権力の統合・分裂、政治活動家の信念(正当性、権威、政府の能力、相互信用、協調など)、外国支配――がどう係わるかについて実証的なデーターをもとに多元的に究明している。
 本書の巻末には、著者ダールと訳者・高畠通敏の間でなされた1970年代後半における「対談」(1977年11月「朝日ジャーナル」)が入っている。これは当時のわが国の政治情勢と日本に対する著者の見解を知る上で好都合なものである。以下その部分を要約する。(大項目の表題は対談に付されているものである。なお下線は小生、項目(1)の中のかっこ書きも)

 (1)民主化の程度を測定する諸基準(以上の6つの要因とは別の基準である)
 民主的か非民主的かを判断する三つの基準あり。
 1.第一は政治的平等。政治上の理念や決定の機会が平等に開かれ保持されているか(誰でも等しく)。
 2.有効な参加。政治決定に有効に参加できる機会を保持しているかいつでも参加)。
 3.<表現するのは難しいが>啓蒙的理解の基準。政治体制が市民に「平等」な「参加」を保障するだけでなく、それを有効にし、個人や社会に利益となるとの判断をさせることのできる「知識や情報の普及」のことをさす(よく知られさている)。
 さらにこれら3つの基準が充足しても、なお問題が残り二つの基準の追加がいる。
 4.決定すべき事項についての選択権。つまり市民が実際に決定している事柄の幅が広いこと(広く決められる)。
 5.包括性。成人人口の政治参加の割合(歴史的に変化している諸国に係る実際の基準)。
 以上の5つの基準は要求度の高い、いわば絶対的な基準(民主性)であり、実際の政治体制(ポリアーキー)では、すべてを充足しているものは現実に存在しない。
 ギリシャ・古代ローマ時代との対比でいえば、代表制、政党政治は、19世紀初期以降の新しいシステムとして、発明、工夫されたものであり、都市国家時代の制度とは異なる。

(2)二大政党制は民主主義の条件ではない
 多党制の存在自体は必ずしも悪いことではない。英米の政治理論家は二大政党について誤解をしてきており、二大政党の利点と多党制の欠点を誇張して誤解し、さらに二大政党の成立可能性を誇張して考えてきた(実際には、例外的にしか存在しないものにもかかわらず)。「二大政党を現代の民主主義の条件とする必要はないというのが私の考えです」(363頁)
 一方で、政党の重要な機能として、「必要な政策情報について簡略化のシステムを提供すること」があげられ、政党の歴史・伝統、マニフェストなどから「市民の政策選択は簡略化される」わけである。
 ここから政党制の「評価は二重となりうる」。「一方で政党は政治における理性的側面を高めることもできるが、他方において選挙民の選択の仕方において非理性的な側面を生むということもできる」。
 市民の大学進学率の上昇により教育水準は上昇し、政策情報の要求も高まる結果、半面では情報を簡略化させて提供する機能をもつところの「政党の力が弱まりつつあるわけで、それはひとつの矛盾というべき」。一方でこの矛盾を政党の忠誠心、愛着を強めることによって部分的に補完できても、教育水準が上っているので、非合理的な感情的きずなは弱まらざるをえない。「選挙民が脱政党化するということは、政治における理性的な側面が高まったということでもあるわけです。(以上、363-364頁)

(3)市民団体は組織的社会の表現だ
 「何百万人もの市民から構成される政治社会で、市民と政府との間にいかなる組織もないという場面は、想像するのもおぞましいもので、まさにトクヴィル(1805-1859年)が描いたところの強力な中央政府とバラバラに感情的に動く大衆で構成される大衆民主政でしかない(365頁)
 「近い将来について考えると、政党はやはり重要な制度として残ることは確かで、それが消滅することは当分考えられない。選挙や立法部のコントロールや政策立案などの機能をにないつづける必要があるからです」、「同時に、当分の間、ポリアーキーにおいて、さまざまな市民団体の活発な活動がこれまでの政党の機能を補完してゆくだろうことも確かです」(365-366頁)

 (拙注)この対話は1977年(昭和52年)に行われており、ロッキード事件(1976年)につづき、福田・太平内閣が成立し、国会では「保革伯仲」と呼ばれた時代の頃の話である。1970年前後に生まれた革新自治体は、昭和53年から54年(1978~79年)にかけて京都、東京、大阪の知事選で革新系候補があいついで敗北する。また対談の中で、高畠たかばたけみちとし(1933-2004年、政治学者、計量政治学)は、「60年代以降の多党化と政党の機能低下を補償してきたのは、市民活動であると同時に、日本株式会社の中枢として肥大した官僚制だということができる。・・・・今日の日本における選挙は、ダールさんがいわれたような政策や政党の選択というよりは、誰がどれだけ地元や支援団体にどれだけの利益をもたらすか、という次元で行われているといって言いすぎではない」、「保守ということは官僚制・財界と密着した政治体制につながることであり、革新ということは、労働組合や宗教団体の利害につながることである」と述べている。
 現在(2017年)からみると、語られている用語と情況認識に隔世の観ありと感じる。経済的利益の裁量や配分のもとになる実態が、現在ではデフレ化してほとんど存在しなくなり、政治は商品化してメディア化された素材となっている。

(4)政党以外の組織の権力化は危険な道
 「ジレンマのひとつは、個別的利益に対して一般的利益を明らかにしそれを担う制度をどのようにして決めるかという問題です。どのような集団や組織でも、ひとたび公共的利益をになうものとして権威をあたえたとき、つまり統治の権力をあたえたとき、それが支配集団としての自己の個別的利益を公共的利益だと称しない保証はない。」、「政党政治が個別的利害に流れるという欠点をただそうとして、政党以外の第三者集団や組織を組織を公共の担い手として定めるというのは、破滅的な結果をもたらすでしょう。」(370頁)

 (5)地方分権の政治体制には活力がある
 「もうひとつ、私が考えていたジレンマは、中央集権と地方分権とのジレンマだったのです。中央政府のリーダーや官僚は、いわば自動的に自分たちの決定が国家全体に対して合理的であり、公共的利益に即しているとすることができる。しかし、経験的にいえば、高度の中央集権というものは、極論に政策作成者たちの視野を狭くさせると同時に、システム全体の負担過重をもたらし、また、政策決定から遠く離れた市民全体の疎外感を増大させる結果をもたらします。」
 「他方、地方分権ということは、国内の秩序をバラバラにし素人っぽくあまり魅力ある政治を生まない様に思われる。しかし、地方分権の政治体制は、それなりに活力に満ちているものです。政策決定のレベルを地方にまで下ろせば、多くの市民が参加でき、その意味で地方の実情に適した賢明な政策決定を行う可能性が生まれる。市民参加ということがほんとに生きるのは地方政治においてですし、一世紀半前にJ・S・ミル(1806-1873年)が指摘したように、地方政治は自治の技術を備えるために市民を訓練する唯一の場であって、それに代るものは存在しないのです。」(373-374頁)
 「私の考えによれば、地方分権をふくまないポリアーキーは、民主主義の名に値しない。・・・・資本主義先進諸国においても、民主化のためには地方分権を制度化する必要があります。」(374頁)
 「地方分権は必ずしも地域的なものだけではない。地方政治や地方自治だけがその形ではない。・・・・西ヨーロッパでは産業民主主義と産業の中での労働者の参加の運動は、もっとも重要な最近の変化のひとつです。それは部分的には、民主主義とは個々の日常生活における習慣において意味を持つという認識がゆきわたりつつあることの結果でもある。したがって、職場と地域という、現代社会において自分たちが生活しつつある二つの場における民主主義が大切であるということになるわけです」(374-375頁)
 「これからのポリアーキーにおいて、もっとも難しい問題は、中央で決定されるべき事項と地方で決定されるべき事項とをどのように区分するか、そして、それぞれの場における制度をどのように発展させるかということだと思います。これはとても一般的な言い方だと承知していますが、そして先進諸国における高度に教育された人たちのエネルギーは、このような重要な問題を解くのに十分役に立つはずだと考えます。」(375-376頁)

  (拙注)上記の重要な問題とは、本文にも書かれているのだが、高度成長が終った時代に現われた食糧問題、人口問題、環境問題、核兵器問題、南北問題、高齢化問題など、のこと指している。

 さらに本書においては、訳者あとがきの後に、東大の宇野重規教授がダールの「ポリアーキーとは何か」について現在の日本の政治局面に立って、解説を加えておられる。ダールの生涯、政治思想と他の政治思想との関係などの説明がなされている。
 ダールは、プラトンの求めた真理や徳の持主による哲人支配の考え方、またルソーのように公共善を実体であるかのように捉えて見出せばよいとする考え方には反対する。ヒエラルキーの頂点にいるパワー・エリートの米国支配(ライトやミルズ)という当時の見方も退け、実際の政策決定は複雑で多元的であるとしたので、保守的な思想家とみなされた。また、政治家の間の競争を重視する考えから、シュンペーターに通じるエリート民主主義(政治家が人民の支持を求めて競争を行う政治という考え)であるとの批判も受けている。
 さらに宇野教授は解説の結びとして、現代日本にとっての(政権交代以降)本書の意義を次のように述べる。
 「いうまでもなく、日本社会がダールのいうポリアーキーをどれだけ実現しているかは、あらためて問い直してみるべき主題である。政治的な平等や自由な政治批判は、すでに遥か昔に実現したことであり、あらためて問うまではないと、はたして私たちは言い切れるだろうか。政治から実質的に排除された人々はいないか。はたして私たちは有効に政治をめぐる情報を得て、自分たち自身で政治的な課題を設定しているだろうか。一つひとつ吟味してみると、実をいうと必ずしも安閑としていられないことに気付くのではなかろうか。」と。
 また、政治的な競争の有無に関しても、日本において自民党の一党優位体制が続き、政権交代以降も政治的抗争のルールや慣行が確立したとはいえない状況である。ダールがいうように政党間で有権者の支持を得るための有効な競争が実行されない限りにおいて、ポリアーキーが実現したとは認められず、個々の政権や政党のパフォーマンスだけでなく、制度や仕組みとしての「政治的競争」の有無と質を高めてゆく必要がある、と述べる。
 さらに、ダールが本書で少なからず言及している日本の事例に関し、それが敗戦・占領によって民主化が進んだ国としての日本の例示なのであるが、日本のように過去にある程度の競争的な政治を経験している国の場合は、組織的権力が崩壊することで一気に抑圧体制からポリアーキーに進むことがありえたと論じていることについて、「外からの民主化」の意味についても示唆を与えてくれると述べておられる。

 (拙注)いま日本で問題となっている憲法改正論議、押しつけ憲法か自前の憲法か、などについてダールは観念的に捉えてはいない。オーストリア、西ドイツ、イタリア、日本が公然たる外国支配下から独立してポリアーキーが成立したと分類しているが、「実際あまりにも円滑にポリアーキーが形成されたので、おそらくアメリカの政策作成者は勇気づけられて、他のどこでもポリアーキーを誕生させうるという単純で楽観的な仮説を採用することとなったようだ」と記す。この「幻想」は1947年からのギリシア、トルコの援助で補強されるとする。(第9章外国支配 310頁から)

 なお、本文を拾い読んで、気になった個所を以下に数か所参考として抜粋する。
 「ほとんどの人は、大変不発達な政治的信念をいだきつづけているように思われる。豊かで複雑な体系としての政治的信念をいだいているのは、ほんのわずかな少数者に過ぎない。現在ある証拠では、このことは、すべての国に当てはまるが、学校教育の平均水準が、低くなればなるほど、複雑な政治的信念を持つ少数者は、ますます少なくなるとするのが合理的である。」(第8章政治的信念 198頁)
 「政治の能力についての期待は、一国の政治風土において、多かれ少なかれ固定的な要素である。若者はおそらく、政治が全体として、高度に有能であるとか、慢性的に無能であると信ずる点では、一様に社会化される。」(同222頁)

「イギリスの子供は、アメリカの子供よりも、世の中を階統計にみるという、断片的だが興味ある証拠がある」(同281頁の<注18>)。これは本文の、「アメリカ人は、政府や社会的エリートに対し、イギリス人ほど尊敬をはらわない。そして専門家をノルウェー人ほど尊敬していない」との注がある。

(2017.7.2 記)