西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

1247号 個人の正義、国家の正義

2017年07月06日(木)

 プラトンの『国家論』(第2巻第10節以下)において、「正義」についてソクラテスがアデイマントス(アリストンの息子)と対話する場面がある。(藤沢令夫(のりお)訳・岩波文庫(上)130頁あたり)
 「ぼくたちが手がけている探究は並大ていのものではなく、よほど鋭い眼力の人でなければ手に負えない問題であると、ぼくには見える。で、ぼくたちはそれほど力量がないのだから、こういうやり方でそれを探求してはどうかと思うのだ。つまり、あまり眼のよくかない人たちが、小さな文字を遠くから読むように命じられたとする。そのとき誰かがその同じ文字がどこか別のところにも、もっと大きな場所に書かれているのに気づいたとしたらどうだろう。思うにきっと、これはもっけの幸いとみなされることだろうね――まずは大きいほうを読んでから、そのうえで小さいほうのが、それと同じものかどうかをしらべてみることができるのだから」(368C、D)
 「正義」には、
「一個人の正義もあるが、国全体の正義というものもある・・」、「より大きなもののなかにある正義のほうが、いっそう大きくて学びやすい」、として
「正義」がそれ自体で何を意味するかについては、個人の内心に向かって探究し尽すことは困難なので、これを国家における「正義」に拡大して、観察・吟味しようというソクラテスの論法(プラトンの考え)なのである。
 これは訳者の藤沢令夫によれば「国家篇」全体を貫いている考察手法であり、「大きいほうのと相似た性格を、より小さなものの姿のうちに探し求めながら」(369A)というやり方なのだそうだ。
 こうした発想は、古典古代の都市国家アテナイにおいては成り立つかもしれない。市民生活つまり個人の全人倫と生存の根拠がポリスと運命共同、混然一体であった時代であるからこそ、発想としても可能なのであって、現代に及んでの国家論や正義論に用いようとすれば、国家と個人は相当に分裂している状況であり、この論法はほとんど成り立たないのではないかと思う。
 さて、このように2500年昔に遡る古代ギリシアにおけるソクラテスの青年のような熱を帯びた議論と、ポリス民主政治の精神の探求意図に思いをめぐらすとき、それが今の日本に比べて遠い昔の別世界の出来事ではないかと思ってしまうのは確かだ。

しかしここで、上述のようなソクラテス的論法でもって、歴史の時間軸を縮小させて、父祖と子孫という世代の単位に測定し直すならば、彼我の時代の間隔は70~80世代の過去に近縮されることになる。譬えるならば、小集会の会場での最前列右の人物と、最後に遅れて入った後列左席の自分との距離にすぎないことになる。そんなに昔の時代ではなくなる。ソクラテスの書生的な議論に、心情的に拒絶感を抱くこともなく、哲人の話も古臭くない不思議さも伝わるというものである。

(2017.6.3
記 6.30 追記)