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イッセイエッセイ

1239号 what a coincidence.

2017年06月18日(日)

 昨晩は、二つの全く傾向の異なる小説を、どういう偶然か連続して読んだ。全部を読んだのではなくその一部である。どっちもそんなに気質に合った調子のものではないので、ひとまとまりのところで止めた。そして、偶然に二冊の小説にはフィクションかノンフィクションかわからないまま、福井生まれの人物が出てくるのである。
 木山しょうへい「大陸の細道」(昭和37・1962年)は、戦争末期、満州の農地開発公社に勤めることになった中年作家が、酷寒の地で生き残りを賭ける物語である。しかしながら小説の表現振りは全体に飄逸味が漂い、井伏鱒二の小説のような雰囲気を出している。
 主人公の同僚で、近々結婚する眼のくりくりした松本という人物が登場する。

 ・・・・「それから僕は明後日、日本に帰ってきます。れいの女と正式に見合いをして、できれば形ばかりでも式をあげて、連れてくるつもりです」
 松本は机の引出しから素人の撮ったらしい写真を出して正介に見せてくれた。朝顔の咲いている垣根を背景に、二十歳くらいの瘦せ形の女が、浴衣姿で晴れやかに笑っている美人の写真だった。
 「僕は福井の寺の息子ですが、この女も東京の本所の寺の娘です。木川さん、それでは僕は東京に行きますから、何か奥さんに用事でもあったら寄ってあげますよ」と松本が言った。・・・・(講談社文芸文庫 57頁)

 それにつづいて、主人公の木川(作者の木山捷平である)は松本君に、電熱器を内地からとってきてもらいたいが、重いから、ムリだったら電灯のソケットを頼みたいと言っている。
 この小説はほとんど実話とみられるので、福井出身の結婚前の若い坊さん、何宗か、妻になる女性はどんな人でその後どうなったのか、いかなる運命が二人にあとで待ちかまえていたのだろうかなどと気になる。
 松浦寿ひさ「花くたし」(平成12・2000年 芥川賞作品)は、出来事としては百年ほど後のことのような最近の話し。ごく短く引用する。

 ・・・・「そうそう」と、あの福井に逃げた友達のことを考えながら栩谷くたには言った。しばらく黙って二人は煙草を吹かしていたが、やがて伊関が「卯の花くたし」と呟いた。・・・・(講談社文芸文庫 258頁)

 主人公の栩谷は、デザイン会社を経営していたが、友人の裏切りにあって破産をし、借金返しのためにアパートの住人(伊関)の追い出し、つまり地上げの仕事を不動産屋から頼まれる破目になるのである。
 この小説の方はほとんど架空のものであり、ストーリーの内容と作家(東大の仏文の先生である)の出自がすこぶる分裂しており、気分の良くなる小説ではない。ここにも福井の人が出てくる。単に地名として使われただけなのだが、どうしてこの地名が用いられたのかやや関心が向く。
 ともかく二つの小説の、時間をおかない what a coincidence ということである。このことが二つの小説を読み残したままの面白さである。
 今晩も福井の空はさかんに雷が鳴って、雨が落ちる。きのう(今朝早くのこと)の夜中も雷が鳴って雨が降った。ともかく天気がずっと続き、むし暑いので有難いことだ。畑のさつまいもの苗がどうやら活着しそうだ。

(2017.6.1
記)