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イッセイエッセイ

1237号 言語における文法とは何か

2017年06月18日(日)

 以下、読書しながらのノート・メモである。メモを実行して、筆者(言語学者のチョムスキー)が主張したいところの気持ちは分かったが、主張しているところが十分にわかった訳ではない。(チョムスキー「統辞理論の諸相」ノートから)
(1)言語能力の理論としての生成文法
 言語理論は、完全に等質的な言語共同体における理想的話者=聴者を対象として取り扱う(36頁、以下数字のみで示す)/話者=聴者の持っている言語能力(competence)─言語知識と言語運用(performance)─実際の言語利用との間には、根本的な違いがある(なお理想下の条件では一致する)(37)/言語運用のデーターから根源的な規則のシステムを決定すること―実際の行動の根元にある心的実在を発見する―に言語理論は係わる(37)/ソシュールではなく、W.フンボルトの流れである。(37)/「伝統文法」と「構造主義文法」の限界は明確に認識しておくべきである。(39)/ある文法の「個別文法」は「普遍文法」(深層にある規則性を表す文法、創造的な側面を提供)によって補完されることにより、言語能力を充分に説明することができる―しかし、普遍文法の研究はなされなかった(41)/―“思考の自然な順序”(語の順序は、言語とは独立の要因によって決定されると考える)の存在という伝統文法の考えは、規則性に対する欠陥のある考えである(42)/「有限の手段を無限に用いる」(フンボルトの言葉)という言語の創造的プロセスが、最近の数学研究で技術的に可能になったので真の理解が進むことになった(45)/「生成文法」とは、端的に言えば、明示的で明確に定義された方法をもって文に構造的記述を付与する規則のシステムに他ならない(45)/真に興味深い「生成文法」は、現実に意識されているレベル、あるいは意識可能なレベルさえも超えた心的プロセスを扱うのである(46)
(2)言語運用の理論をめざして
 「言語能力」と「言語運用」の区別をさらに明確にするため、記憶・時間・アクセスに制約がある場合の運用モデルの研究について―容認可能な(acceptable)、奇妙さや、異様さがない文、容認可能性のより高い文―は発話される可能性がより高くより理解されやすく、ぎこちなさがより少なくより自然な文である(49)/「容認可能な」と「文法的な(grammatical)」という概念とは混同されてはならない(51)/「容認可能性」は言語運用の研究に属する概念であり、「文法性」は言語能力の研究に属する概念である(50)/「文法性」は相互に作用し合って、「容認可能性」を決定する数多くの要因のうちの一つに過ぎないのである(51)
 言語運用における容認可能性は、文法的な文の中でもっとも形式的に単純な構造において調べることが得策である(52)

①入れ子構造(括弧表示)・・・〔I called〔 the man who wrote the book that
you told me about 〕up 〕
②自己埋め込み構造・・・〔The man who the boy〔who the student
recognized〕pointed out〕
③多項枝分かれ構造(内部構造を持たない構造)・・・(〔John,〕〔Bill,〕〔Tom,〕〔and several of their friend〕)・・・.
④左枝分かれ構造・・・(〔(〔John〕’s brother)’s
father〕’s uncle)・・・ジョンの兄弟の父親のおじ
〔(〔the man who
you met〕from Boston)who was on
the train〕・・・あなたが会った、ボストンから来た電車に乗っていた男の人
⑤右枝分かれ構造・・・〔this is(the cat that caught〔the rat that stole the cheese〕)〕・・・これが、そのチーズを盗ったネズミを捕まえた猫

 容認可能性については、①の構造を繰り返すと不可能性を助長、また長く複雑になると同様、②はさらに不可能性を一層強く助長、③は最も単純な構造であり可能性において最適、④および⑤は不可能にはならない。ただし⑤は、読むときのイントネーションの切れ目が名詞の後になってしまい不自然さが生じる。(52-54)/以上のことは、記憶装置の記憶が有限である(記憶容量を超える)ことによるという事実、また、記憶装置が蓄えている解析手続きストックを同時並行出来ないという仮定がありうる(56)
(3)生成文法の構成
 ある言語の知識は、無限に多くの文を理解する潜在的な能力を伴うものであるという自明の理を再度強調したい(59)/生成文法は、無限に多くの構造を生成するために、繰り返し適用することが許されるような規則のシステムでなければならない(59)/生成文法は、三つの主要部門-「統辞部門」、「音韻部門」、「意味部門」に分けることができる(59)/統辞部門は形式的構造体がなす無限集合であり、一つの解釈に関するすべての情報を組み込んでいる。統辞規則によって生成された構造をそれぞれ音韻部門は音声的に表示された信号へと関係付け、意味部門は何らかの意味表示へと関係付ける。音韻と意味はともに、純粋に解釈的(interpretive)である(60)/統辞部門は、各文に対して意味解釈を決定する「深層構造(deep structure)」と、その文の音声解釈を決定する「表層構造(surface
structure)」とを指定する(60)/表層構造と深層構造は一般的に同一ではないと考える(61)/統辞部門は「基底連鎖」からなる「基底部」をもち、極めて限定された(おそらく有限の)集合を生成する規則のシステムである。各々の基底連鎖は、「基底句標識」と呼ばれる構造記述と結びついている。これらの基底句標識は「深層構造」を構成する基本単位である。統辞部門の基底部によって生成される基底句標識の列をもち、この列のことをその文の根底にある基底(basis)と呼び(62)/生成文法の統辞部門は、「基底部」に加えて、「変換下位部門」を持つ。これは、基底から表層構造を伴った文を生成することに関わる部門である(62)/表層構造は「文法的変換」規則という演算を繰り返し適用することで決定される(62)/特別に単純な種類の文(「核文」)は、列ではなく単一の基底的標識をその基底に持つ(63)
(4)文法の正当化
 <この章は文法研究を適切に進めることができるかの方法論の妥当性、つまり正当化できるかを問うところから始めている。つまり標準的な話者=聴者の「言語直感」と操作できるテキストがどの程度妥当性をもって利用できるかの問題のようだ。結論的には信頼できると言い切る操作手法は存在しないが、「科学性」という言葉にこだわることはなく、現在入手できるデーターからも解明するのに不足があるという状況ではない、むしろ理論をどう立てるかの方に問題があるということを述べている。>
 どのような文法、言語理論、また操作的テストが提案されようとも、話者=聴者の言語直感が、それらの正確さを決定する最終的な基準という従来の過程を避けて通ることはできない(69)/しかし、この潜在的知識は、言語使用者が直接利用できるようにはなっていない可能性が高いことは強調しておくべきである(やや逆説にひびくが)(70)/
 適切に構成された文脈で提示されたとすると、文の解釈を一通りにしてしまい、「多義性」と、意識にのぼらせて気づかない以下のような問題―。

Ex.1 Flying planes can be
dangerous. 飛んでいる飛行機は(危険である)/飛行機を飛ばすことは(〃)の二義性
Ex.2 I had a book stolen. 誰かが私の本を盗んだ/私は誰かに本を盗ませた/私はもう少しで本を盗みおおせた(のに)の二義性
Ex.3 I persuaded John to leave. 立ち去らせた
     I expected John to leave. 立ち去るだろうと思った
 注意深く考えた聴者であっても、この二文に非常に異なった統辞記述を付与することは通常できない。(聴者の内在化された文法は、第一印象として同一の構造分析を行ってしまう)。これを受身形に直すと文法の違いがわかる(72-75)
Ex.4 I persuaded John to be
examined by a specialist.
     I persuaded a specialist to
examine John. (専門家を説得してジョンを診察してもらった)
Ex.5 I expected a specialist to
examine John.
     I expected John to be examined
by a specialist. (専門家がジョンを診察すると思った)
 expectにおいては、能動文も受動文も意味は同じで同構造である。しかしpersuadeにおいては、説得の対象は能動文ではspecialistであり受動文ではJohnであり、意味が全く違い異なる構造である。

 このことから表層構造だけでは、根底にある意味解釈を決定している深層構造を明らかにするために役立たないことがある(75)/
 「文法」はある言語の理論である。
 文法は理想化された母語話者の内在的言語能力を正しく記述している限りにおいて「記述的に妥当(descriptively adequate)」といわれる(76)/ある言語を学習するためには、子供は、一次言語データが与えられた時、そこから適切な文法を作り上げるような方法を持っていなければならない(78)/即ち、子供は(1)可能な人間言語の文法形式を指定する言語理論を持っていなければならない。(2)一次言語データと適合し、かつ適切な形式をもった一つの文法を選択する方策を持っていなければならない(78)/
<以下やや瑣末にわたることが記されている感じがして略。>
(5)形式的普遍性と実質的普遍性(略述)
 子供が言語学習の際に用いる言語の本質に関しての初期仮定はどのようなものなのか、そして、子供が言語を学習していくにつれて、徐々により明示的に、そしてより分化していくような「生得的スキーマ」(すなわち「文法」の一般的定義)はどの程度詳細で特定的なものなのか―十分な仮説には到達できていない(83)/
 「言語普遍性の研究は、どの自然言語の生成文法も全て共通して持っている諸性質の研究である」(83)/言語普遍性の個々の仮定は、統辞、意味、音韻の部門のどれかに関係しているか、または三部門の相互連関に係わるものである(83)/言語普遍性を「形式的」なものと「実質的」なものに分類することは有益である(83)

<以下の節は、略する。よく纏められないような記述内容のところがある。>
 (6)記述理論および説明理論についての補説
 (7)評価手続について
 (8)言語理論と言語学習(この説は言語理論の基本に係わるデカルト的対ヒューム的な哲学の当否を述べている)
 (9)生成力とその言語学的意義
 (註)37の項目にわたる詳しい筆者註が付されている(論文を書くためのアイデアの宝庫であると言われるとの訳者解説が付されている―199 訳者解説)
    「統辞理論の諸相―文法論序説」チョムスキー著(福井直樹・辻子(ずし)美保子・訳 岩波文庫2017年)

(2017年5月 記)