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イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

1234号 アランの散文から

2017年06月18日(日)

 以下はアラン(1868~1951年)の、「プロポ」と呼ばれる独特の散文(エッセイに類するか)の中から関心のあるところを抜いて、感想を付したものである(アランの文章の性格を考えると、適当なことではないのだが)。

・性格のための試練(1921年4月)
 「ここで私は、生徒の勉学は性格のための試練であって、知性のための試練ではないという結論に達する。綴字法であれ、訳読であれ、計算であれ、気質を克服することが重要なのだ。意欲することを学ぶことが重要なのだ。」

 勉強することではなく、その前提の「心構え」が大事だと言っている、と翻訳すればよいか。<・sぱん>

・ある叢書(1921年5月)
 「教養というものは、決して譲渡されるものでもないし、要訳されるものでもない。教養を身につけるとは、それぞれの分野において、源泉にまでさかのぼり、借りもの盃からではなく、自分の手のくぼみからじかに飲むことだ。つねに、創始者が形づくったままの形で観念を受け取ることだ。平凡なものよりむしろ難解なものを。つねに、真なるものよりも美なるものの方を選ぶことだ。なぜなら、判断力を啓発してくれるのはつねに美的感覚だからだ。もっとも古く、もっとも試練を経た美を選んだ方がいい。(中略)・・・・
 科学についても同様である。わたしはけっして最新の発見などは求めない。そういうものは教養を培ってはくれない。人間の熟慮の対象としては十分熟していないのだ。一般教養は、はしりのもの、真新しいものを拒否する。・・・・」

 アランは別のところで―「学問と教養」(1922年3月)―学問と教養の違いはまっすぐな精神と正しい精神の相違であり、教養は誤謬にも眼をとめ(陥ることはのぞまないが)、過去の時代の誤謬を知り、そこに降りてゆき反省をしてみる精神である、と述べる。

・救いにもなる必然性(1921年12月)
 「だれも自分の両親や、よく考えてみれば、自分の友人たちさえ選べたためしはない。背が高いとか低いとか、髪がブロンドだとか褐色だとかも選べたためしはない。実情を受け入れ、そこから出発して努力しなければならないというのが、我々の在り様のうちでもっとも確立された条件のひとつである。もし私が記憶力に恵まれていなかったら、不平を言うべきでなく、それをまあまあなものにするよう努力すべきである。・・・・このような考え方はだれにもなじみのものである。われわれの本性とそれを取り巻くものとは、すべてわれわれに与えられたものであり、衣服のようには換えられないということをわれわれは簡単に理解する。これら強制された諸条件を少しでも改善できれば、それで満足しなければならない。」

 各人の境遇は前提として甘受せよと言っている。

 「正しく快い音と、狂った、ないし聞き苦しい音のあいだ、美しい曲線と優雅さを欠いた輪郭のあいだには、ほんのわずかな差異しかない。簡単に言えば、必然性と力に対する男らしい考え方とはこのようなものである。」

 僅かな差異しかないのだから、良い方に直す努力をせよ、と言っている。

 「政治的にも、自分が選んだのではない人間関係の現状に即して生きなければならない。このことに腹を立てるのは、寒さや霧や雨氷をののしるのに等しい。」

    政治の分野にも必然性というものがあって特別なものではないのだから、完全を期す訳にはいかぬ、と言っている。

 「ひとは、希望とか怖れとか情念とか不安定なものしか見えない。地理的、経済的、生物学的必然性に眼を向けようとはしない。これらは逆襲するためにしか後退することはないのだ。・・・・同様に、万人の政治的慎重さが、ある新聞をやめてほかの新聞にするというようなわずかな変化によって、多くの、そして十分なことをなしうるのだ。」

・騎士道精神(1922年2月)

 「カトリックの精神と騎士道の精神とは、協力し合って、ヒロイズムについての別種の観念、今日でもなお完全には発達をとげていない観念を誕生させたか、明るみに引き出したのである。それは、人間の意志は、本来、いかなる地上的権力にも、いかなる制度にも服従しないという観念である。」

 ヒロイズムについての観念を言っている。

 「かの善良なヘラクレスも、自分自身の感情、自分が自分自身に立てた誓い以外には神も主人も認めずに、地方を遍歴したのである。これが自由なる人間である。」

・神託の終わり(1922年3月)

 「簡単には信じまいとする態度の力すべては、決して神託を聞くまいとすることにこそ存するのだ。神託を聞くやいなや、すこしはそれを信じないではいられなくなる。だからキリスト教による革命をしるしづける神託時代の終わりは、小さな出来事ではなかったのである。」

 コンスタンティヌス帝によるキリスト教の公認-324年、テオドシウス帝による国教化-392年、これらにより神託の風習は次第に消滅。

 「自分が病気であることを知っているひと、しかも、医者のご託宣によってあらかじめ知っているひとは、二倍病気だということになる。・・・・病気を自作自演するくらいなら、健康を自作自演するべきなのだ。・・・・したがって、悪い医者とは、患者の方がすっかり好きになって自分自身の病気に関心を持ってもらいたいとねがうような医者である。逆に良い医者とは、慣例どおりに“どうですか”とたずねはするが、その答えは聞きもしない医者である。」

・幸福であることの義務(1923年3月)
 「幸福であることはいつでもむずかしいことなのだ。それは多くの出来事、多くの人間たちを相手にしての戦いである。それに敗れることもありうる。乗り越えがたい出来事、ストア派の弟子を自任しても手に余るといった不幸も確かに存在する。とはいえ、全力を出し切って戦いきるまでに敗れたとはけっして言わないことこそ、おそらくは最も明白な義務なのである。」

 幸福追求を、権利だとか、現実かそれとも幻想か、と言ったような把え方をせず、義務(・・) だと断言する。

・団結は力をつくり出す(1925年12月)
 「団結は力をつくり出す。その通り。だが、だれの力か? もし唯一のおなじ思考がすべての頭に宿るなら、民衆というリヴァリアサンはすべてを押し流すだろう。で、そのあとは? わたしには団結というものの永遠の結果が見える。強力な権力、教条、追及され、破門され、追放され、殺される異分子たち。団結とは、おのれ自体であることをのぞみ、それ以外のなにものであることをのぞまない、一つの強力な在り様である。(後略)」

 「実行する側は自由ではない。首長は自由ではない。団結というこの狂気じみた企図がこの両者の頭を占めているのだ。」、「ひとり自分とともにあり、すべてから自由であれ。他人とともにあれば、相手も自分もすべてから自由でなければならぬ。この道以外に精神にとって光はない。」などと言った文章もある。ソクラテスのことについても書いている。

・高次のものと低次のもの(1930年1月)
 「人間は食べなければならない。人間は眠らなければならない。これは崇高さには欠けるが、抵抗できないことだからである。ある部隊に希望がなくても頑張らせることはできるが、食べも眠りもせずに頑張らせることはできない。このような条件は屈辱的だが、しかし現実のものである。だれもがそれを軽蔑しながら、だれもがそれに屈する。」

 上記の二つの文章に関連して。──対日貿易赤字について「耐えられぬ」と米商務長官の言、しかし米国にとって最も大きな赤字相手国である中国については批判しない──新聞記事から。さらに北朝鮮にたいする日米共同海上訓練、2020年憲法改正の首相決意表明の記事との次元関係はいかに。

・行動論(1931年6月)
 「つづけること。これが変えるための唯一の方法である。・・・・嫌気を起こさせないような仕事は、まだ仕事ではない。その人間は愛好家(アマトゥール)に過ぎない。・・・・ところで、仕事が最早ひとりでにすすまなくなったときは、仕事をやりつづけるように警告がされているのだ。・・・・」
 「わたしの考えでは、ユダヤ民族に共通する成功へのエネルギーは、楽しむために人は生れたのではないという一つの形而上学的考えから発しているのである。」
 「・・・・とりかかること、それもただちにとりかかること、わたしがよく言うように、着手までの時間をゼロに切りつめることをいう。“やるだろう”という短い表現は幾多の帝国を失わせてしまった。未来形は道具を手にした場合にしか意味を持たない。」

 先ず続けること、次に始めること。

・講義と教育(1931年10月)
 「上手にしゃべり上手に考える人の話を聞くだけで、書いたり考えたりするのを学ぶことはできない。ひとも言うように仕事がからだに入るまでには、繰り返し試み、実行しなければならない。」

 外国語の学習に役立つ考え方ではないか。

・責任をとらない者たち(1934年2月)
 「ナポレオンは、なにか奇襲攻撃の恐れがあると、夜明け前だろうと夜遅くだろうと、いつでもかならず、ドラマが演じられるギリギリの線、その縁(へり)のところで馬にまたがっていた。自分以外の誰かを派遣することはけっしてなかった。けっしてひとに頼ることはなかった。・・・・」
 しかし現在では、「われわれはもはや権力がなんたるかを知らない。権力とは何もしないことである。知らないことである。知らないということで窮地を脱し、破局を脱することである。・・・・」

 アランが第一次大戦に従軍した時の体験から、権力と責任の分裂を述べる。日本の第二次大戦、最近話題になっている様々な国防安全保障の事案への態度など。

・交渉する者たち(1934年8月)
 「だからずっとむかしより、暴力的人間は交渉する者たちに操られているのだ。妥協を試みることが出来る人間たちが不可避的に勝利を収めるが、その間の後退、迂回、躊躇、引き延ばしこそ、歴史の素地を作るものである。」
 「精神を維持し続けるには交渉しかないという事実をもういちど持ち出さなければならない。このことからわたしは、長いこと交渉する姿勢をないがしろにしてきた者は、そのときは必ず訪れるのだが、いよいよ談判しなければならなくなった瞬間、もうどう交渉してよいかわからくなってしまうということに気づく。また熟練の士は、おのれのうちにひそむ怒りを忌み嫌い、己自身の力を強く警戒するが、わたしはこのことも理解する。力でねじ伏せようとすれば、相手の心に入り込むことを忘れてしまうからだ。勝利者がみずから得た勝利を壊し、主人が奴隷の奴隷となるのは、各人の内面に隠されたこの法則によるのである。」

 フランス史(フロンドの乱)におけるマザランが勝利した事件の理由を述べている。また次のようなこと──「あなたがたの頭に浮かぶはずのさまざまな実例が、力はけっしてなんの解決にもならないことを理解させてくれるに違いない。また、この一種の公理のうえに、現実の法、言いかえれば、あらゆる制度の唯一の接続的部分としての現実の共和制はその基礎をおいているのである」──と末尾に述べる。

(アラン『プロポ』Ⅰ、Ⅱ みすず書房2000年、2003年 山崎康一郎訳から)

(2017年5月 記)