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イッセイエッセイ

1231号 漢字の問題

2017年06月18日(日)

 言語分類上において、中国語は、印欧語に対して各単語(漢字)が文法的な働きを示すマークを含まない孤立語であり、派生形態を示さない無構造言語であるという違いを持つ(注)。そのため文章となったときに、意味合いは専ら漢字の語順によって決まり、漢字としての品詞の特定も十分にしかねるところがあり、すこぶる融通無碍である。したがって、初歩の中国語をまがりなりにも学習し終わったとしても、解ったような気がせずモヤモヤ感が残る。
 日本語も外国語としてみれば、おそらく似たような所があるのだろうが、それにしても中国語の原理には独特さを感じざるをえない。文法の規則は様々多くあるのだが例外が多すぎ、語順が様々、品詞の分類が不明瞭、主語と述語のあいまいな関係、言うなれば規則性がすこぶる不安定にみえるのである。規則が無いようで有りすぎるというような矛盾なのである。
 初級中国語のラジオ番組(半年分が学習期間)を前期・後期にわたって1年間聴けば、文法の大半は学習できる。もちろん初級であっても辞書があった方がいい。(講談社「中日辞典」は文法典をコラムとして解説している)。さらに中国語の全体像をつかむため、中国語特有の考え方を教えてくれる文法書が必要となる。たとえば「中級中国語」~読み解く文法~(三宅登之著 白水社 2012年)などは、そうした問題点を解説してくれる文法書である。
 しかし繰り返すが、中国語の学習で最も気になる語順は、実に融通無碍であり、動作主はもちろん動作の受手までも主語になったりして、能動も受動も語順からは分からない。この背景にある原理はどういう深層構造になっているものやら、と思案することになるのである。
 (注)「日本語の歴史」第2巻―文字とのめぐり合い(2007年 平凡社)。1963年出版の再版(1976年)を底本にしている。本書の第2章③(古代シナに生まれた文字)の第3節に、上に記したような漢字の特色が要約されている。但しこのシリーズは白川文字文学の成果に接触する以前の業績とみられ、「若」の口の部分を「サイ」でなく「口」と簡単に解して、桑と若を通類する文字と想像したり、白川文字学とは隔れた観念論的な読解をしている問題がある。

(2017.4.1(土)
記)