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イッセイエッセイ

1228号 a cup of coffee 一杯の珈琲から

2017年06月14日(水)

 英語には加算、不可算名詞の区分があって、コーヒーなら普通は「a cup of coffee」のように表現しなければならないと学校で習う。もし、裸でcoffeeとかa coffeeと言ったらどうなるのかとなれば、やや違和感があったり、多少ニュアンスが変るといった程度であって、意味は通じるであろう。また間違いとまで言えるかも確かではないだろう。逆に言えば、a cup ofを付けるのは場面が限定されるのであって、四六時中そうしなければならないという訳ではなかろう。
 日本語の方では、一杯のコーヒーなどとわざわざ難しく言うことは普通しないし、そういう言語習慣もない。しかし家庭の中や馴じみの店などで、「コーヒーいっぱい下さい」と一杯を付けるほうが、物柔らかで調子も出て、言いやすく、実際もそのように用いられる。
 そうなると、言葉使いは違ったりしながら、それぞれの言語は相互によく似た基本構造を共有しているのではないかという推察が生まれる。言語教育において、日本語と英語の違いをことさら強調して、片方には敬語がないとか、yesとnoの否定形の言い方が反対であるとか、教えることは決して望ましいことではない。むしろ言語全体に行きわたっている共通性こそ強調して学ばせるべきだということにはならないか。

 

(2017.5.27(土) 記)