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イッセイエッセイ

1227号 昔懐かし

2017年06月14日(水)

 最近、NHKのラジオアーカイブスにおいて、あまり馴染みのない文芸家たちのインタビューや講演などでの生の声を聞いた(大村彦次郎・宇田川清江さんの解説がある)。
 その中には、評論家・仏文学者の河盛好蔵(明治35・1902年-平成12・2000年)あるいは日本画家・随筆家の鏑木清方(明治11・1878年-昭和47・1972年)の声もあった。
 文化勲章を受けた鏑木清方は、晩年の対話の中で昭和時代(戦後)と比較しての明治時代のことを懐古している。清方さんは神田生まれである。自分たちの生きた明治時代を、良き時代であったと語るのである。明治の頃はともかく庶民生活にゆとりがあった、和気あいあいとしていた、江戸の伝統が残っていた、季節感があふれていた、サンマの焼く匂いさえも今(戦後のことか)と違って豊かな感じがした、明治時代は「少しも衰潮の見えない幸せな時代であった」、といった調子である。明治は軽佻浮薄の感じがなかったというのである。(なおエッセイ1176号「夏の日―土、草、田舎、都会」を参照)
 これを聞いていて、この番組にも登場し、またかつて読んだことのある河盛好蔵の明治の見方のことを想い出したのである。(なおアーカイブスでは、河盛好蔵は明治のことは談じてない)。河盛好蔵は随筆の中で、明治については「思い出しても気の滅入るような、楽しい思い出のあまりない、暗くて陰気な時代だったように思われる」、しかし一方で、「人間だけはどうも明治時代の方が一回りも、二回りも大きくて偉かったように思われる」、「明治の時代なぞ少しも恋しくないが、明治の人が懐かしい」といった言い振りである。河盛にとって、懐しき明治については時代否定、人物には肯定的な見方をしている。(エッセイ848号「作家たちの様々な明治観」を参照)
 現在、国会では「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案」が審議されており、立法措置がなされる見込みのようである。長かった昭和時代(前半と後半で政治的断絶はあるものの)は今は昔、そして昭和のほぼ半分ほどの長さとなった平成時代もまた終ろうとしている。
 平成の終りはまた戦争を知っている人たちの時代の終わりでもある。そして何でもありが出現することとなった時代である。これはどうやら日本だけの出来事ではないらしいのである。
     図書館に五月の国旗ひるがえる

 

(2017.5.3 憲法記念日に記)