西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

1225号 季節雑想

2017年06月14日(水)

 福井インターから市内に向かう道路を走って二番目の信号があるところは、和田中の交差点である。このメインの道路を往来する時は、沢山の看板や病院の建物が目に入り、ここで交差する細道はほとんどに気にもならない。その道からたまに左折して堤防の道を通って帰宅するときがあるが、ただ農道に入るような気分で曲がる。
 一方、早朝などにこの細道を使うことがあり、ここから主要の道路に右折して入ることになる。信号を待つ間、交差点からやや左に折れて続く細道とその先に在る集落の風景にいつもぼんやりと目をやる。同じ場所のはずが視点が直交しているため、まるで景色が違って見え、この場所が大通りと交わる交差点であると頭に言い聞かせることになる。
 今朝もそのような瞬間があったのだが、通り過ぎてきた足羽川の河川敷の萌え出たばかりの柳の緑、川辺の小畑の黄色の菜花、まだ枯れたままの堤に咲く水仙などを想い出しながら、いつものように信号を待った。そして、一定の印象を与る景観というものが、歳月の中でどれほど長続きするものか、と妙なことをさらに思った。
     柳など萌えて流れの青み帯び
     今はむかし桃園ありし城下町

(2017.4.5(水) 記)