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1219号 ブラーシュの「人文地理学」

2017年04月28日(金)

 フランスの人文地理学者であったブラーシュ(1845年-1918年)は「人類の地理学的労作はその過程においてもその結果においても本質的に生物学的である」と言っている。(ブラーシュ「人文地理学原理(1922年)」第1編第1章(不均等性と変則)、岩波文庫(上巻)73頁)
 人口減少(増加)の問題に関しては、すでに一世紀前のことだが、「近代文明は、人口の増加を助長する諸要因ばかりでなくむしろこれを減少させる傾向があるらしい他の諸要因をも発動させている。もし19世紀のあいだに作用したのがなかんずく前者であるとするなら、今後の幾世代を通じては後者が優勢を占めるようなことにならぬものでもない。」
 「都市は人口居住の形成について独自の役割を有している。それは1つの政治的器官であり、連絡の結び目である。村落とは別種の諸現象の表現であって、都市が村落とは独立に存在し得るゆえんはここにある。」(同書第1篇第4章(ヨーロッパ聚団)、(上巻)153頁)
 大都市問題と人口問題とは深く関わるが、ブラーシュは人文地理学的に都市と地方の村落とを断絶させ、別途の発生原因としているようだ。(「1194号」地理学はつまらないか、を参照
 「同一種族が時と場所によってあるいは多産的であったりあるいはその反対であったりする例は珍しくなくて、われわれが好んで人種的原因に帰したがる重要性が実は根拠の薄弱なことを思わせるに足るものがある。ことに人口に関しては、地理的諸要因は社会的諸事象を媒介としてでなければ人間に働きかけないということができる。」(同書第1篇(人類の分布)第6章結論、(上巻)195頁)
 日本の人口増減の地理的傾向を見ると黒潮沿岸である南九州、南四国、紀伊半島の出生率が相対的に高めに現れている。この原因と背景は北方系とか南方系などという俗論ではなくて、社会的な要因がなくてはならないことになる。しかしこれでは循環論になるか。
 食糧や栄養の取得手段についてブラーシュは地球上の各地のスタイルを類型化し、わが日本に対してアジア型の特別な形式として特記している。
 「・・・鰊の素晴らしい大群、鰯、鯖、それから鮫の類が大量に日本人の食糧となっていることも見落せない。一大国民がその食糧の主要なものを海にあおいでいるという例は他にない。日本の漁業は今日世界の最も重要なものに伍しており、この群島が早くから稠密な人口を擁していたゆえんのものは、その漁業にあると推定して差し支えないと思われる。」(同書第2篇第3章(栄養手段、五 日本的形式)、(下巻)195頁)
 岩波文庫の訳者の飯塚浩二は、序文「新版に寄せて」の中で、著者ブラーシュの学問的評価について、ロマン・ロランが語ったという次のような学生時代の「回想記」を引用している。
 「ヴィダル・ドゥ・ラ・ブラーシュのみごとな講義が私たちを投げ込んだ感激の中に、私は自分の熱中を見出した」
 「もっともヴィダル・ドゥ・ラ・ブラーシュを宗とする近代フランス地理学者の観点は、従来の観点と根本的に異なり、昔のようにフランスを、いわば摂理によって創造された地理学的調和とは考えない。・・・フランスが自然によって培養された地理学的単一体であるというようなことは、もう決して言わなくなった。」
 「近代の或る学者の言葉をかりて言えば、地殻の一断片から一箇の地理学的人格を想像したのは、実は人間の手なのである。」

(2017.4.11(火) 記)