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イッセイエッセイ

1186号 政治と言語(ホッブズ「法の原理」第13章から)

2016年11月02日(水)

 ホッブズは各人の単独意志にもとづく認識や精神の諸作用について考察したあと、これらの各人の意志の諸力の相互作用について、つまり人間と人間の関係に目をむける。
 「法の原理」の第13章におけるアプローチは、言葉の役割を分析することによって始められ、「言語によって人びとはどのようにしてお互いの心に働きかけるのか」と論じるのである。
 このことは、とりもなおさず政治における言葉の効用、つまり言葉とは何ぞの本質に行きつく。
 以下主張するところを、適宜に抜萃ないし要約をしてみる。
 「言葉の第一の効用は、わたくしたちの概念の表現、すなわちわたくしたちが自身で抱いているのと同じ概念を他人に生じさせることでして、これは教示と呼ばれます」
 「教える側の言葉のなかにかれの経験によるなにかがあり、聞き手がそれを理解してわかったという明証的な認識を与えるばあい、かれはそれを学ぶということになる」
 「そのような明証的なものが存在しなければ、そのばあいには、そのような教示は説得と呼ばれ、話し手の持っている以上のものを聞き手に生じさせず、たんなる意見を生じさせるだけであります」
 「そして、相互に対立する二つの意見のしるし、すなわち同じものについての肯定と否定は論争と呼ばれます。しかし、両方とも肯定あるいは否定であるばあいは、意見における同意と呼ばれます」
 以上のようなことをホッブズは述べたあと、
 「誤りのない正確な教示・・の正確なしるし」つまり「これまで反対のことを教示した人がいない」かどうかに関して、知識の分野の「真理」の場合と、「道徳哲学」(人間の能力・情念・態度にかんする政策・政府・法の問題)における真偽の「意見」との場合には、互いに違いがあることについて論じる。
 「言葉のもう一つの効用は、それが欲求、意図および意志を表すことにあります。たとえば質問を通じて知識をえようという欲求です。それは要望、祈り、請願の形をとって、すでに他人のえているものを頂戴したいという欲求です」
 「またわたくしたちの目的とか意図を約束という形で表明し、将来起す行動を認定するかしないかの基盤とするということもあります。また悪を約束する強迫というものがあります」
 「わたくしたちが欲求・欲望を果す、果さないは、初めから意志そのものにふくまれていて、それを他人にいい表すばあいは命令以外にありません。かく欲し・・・・かく命ずるのが真意だが・・・・・・・・・・・それも理性あっての真意なのだ・・・・・・・・・・・・・・、といういい方でありましょう。そして命令がわたくしたちに行動を起させる理由があるばあいには、その命令はと呼ばれます」
 「言葉のさらなる効用は、煽動鎮静でありまして、それによって、わたくしたちは相互の情念を増大させたり減少させたりいたします。それは説得を同じで、実際それほどちがいはありません。といいますのは、意見を生じさせることと情念を生じさせることとは同じ行為であるからです。しかし説得においては、わたくしたちの狙いは情念から意見をえることであり、ここではその目的は意見から情念を生じさせることであります」
 ここからホッブズの自然法の思想が出てくるのだが、英国の経験論はずいぶんとまわりくどい回り道をして論じてゆくものだと感心する。ともかく人間というものがそもそもどんな考え方と行動をする生き物なのかをまず実際の観察から押えようとしているのである。

                                  (岩波文庫2016ホッブズ「法の原理」―人間の本性と政治体―田中・重森・新井訳)

(2016.10.16 記)