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イッセイエッセイ

1185号 保守と地方

2016年09月14日(水)

 よく地方は保守の地盤だなどと言われるが、やや別の視点から保守主義と地方の自治に関係した問題を語っている言葉に偶然出会ったので、以下に記す。
 まず宇野重規著『保守主義とは何か』(中公文庫2016年6月)
 本書の中に、保守主義の系譜に属する伝統尊重のT・S・エリオット(1888―1965年)の文章が引用されているところがある。
 「一国の文化が栄えるためには、国民は統一され過ぎても、分裂し過ぎてもいけない。」
 多様な集団文化が、自閉することなく相互に疎通し合うことによって、一国の文化は豊かになる、というエリオットの考えを述べたもののようだ。
 この文章の「文化」の部分を括弧で除くならば、次のような意味となる。すなわち、一国の繁栄には中央に一極集中し過ぎてはいけない、と読めるだろう。
 宇野先生の説明では、人間の忠誠心は1つの対象にだけ向かうものでなく、人間は己をある国の一市民として感じるだけでなく、ある地域の住民として、その地域に忠誠心を抱くことが重要だとしている。(同書74頁)
 今の日本の市場主義の追及、また覇権主義の罷り通る国際情勢は、国政関心が足元に向わず外に拡散しやすいために、集権的傾向が強まり、内政と外交、首都と地方への関心のバランスも欠いているのが現実ではなかろうか。
 もう一つは、今月9日に死去された加藤紘一氏(77)の言葉である。翌日の読売新聞(2016.9.11 四面)の紙面に、中国総局長(五十嵐文氏)が追悼文の形で評伝を書いている。その中に書かれている加藤氏がかつて語ったという言葉。
 「理念としての保守と、地域に根ざした保守がある。これからのカギは後者だ。」
 この政治談議の中の言葉は、現政権の保守主義の様子を批判しているのだろうし、一方で、地方から発する保守主義に強い期待を寄せていたことを暗示している。
 こうした保守主義の議論が何を根拠に成り立つのかは不分明なところもあるにしても、中央から理念にすぎた統制が強くならないよう警告をしたのではなかろうか。

(2016.9.12 記)