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イッセイエッセイ

1183号 新涼といおうか

2016年09月01日(木)

 きょうは新涼といおうか、すこぶる涼しい休日である。二日連続の避難訓練の終ったこの日、夕方になるやや前に、廊下に日に当るためひろげた布団の端に頭を乗せてしばらく天井を見上げる。そうしてみたのち起きあがったとき、なぜか別の部屋の同じく廊下に置いたままの段ボールに投げ込んである文庫本に関心が向いた。
 どうも原因は、大都市と地方との関係を論じた良い文章が少ないと数日来考えていたことや、関連の本に出会っても今ひとつ徹底しないものが多いのが気に入らないことから、何かヒントの書物はないかという潜在意識が急に働いたのだろう。数日来眺めていたリップマン『世論』(上下)も、すこしかかる部分があり文章も悪くはないが、かなり関心の向きが違うタイプのものである。
 そこで段ボールの寺田寅彦の随筆集(文庫本の五冊)の中から2冊ばかり取って目次を見た。目次にはかつて読んだ日付の冒頭の年の数字が8とか9とか05とか書いてあるから、平成やら西暦やらが怪しくなっている。第一巻にある「ドングリ」という随筆には日付は書いてないが、記憶では読者の回想を迫るというか、取り返しのつかない気が沈むような噴囲気をかもしだす風のものであった。したがって寺田寅彦の随筆はこれを分けて、心境的なものと科学分野のものとに二つ切り離して好みに応じ読んだ方が精神衛生によいのである。
 今日は第二巻の二番目にある「りょうの追憶」というものに目が行った。早くして亡くなった親しい甥っ子の想い出の記である。これは一度昔に読んだという日付があるのである。読んでみても初めての感じであり忘却にはこまったものである。しかしやはり随筆の中味はさびしいものであり、「ドングリ」のときと同じような気持にさそわれた。しかも今度は親族についてどうしてこのような文章をわざわざ残したのかの気分についても思ったのである。大正11年の「明星」に載ったものと記されていて、これは科学者としての随想ではなくほとんど私小説に近い。この趣味がわからないのである。
 だいたい文学的作品を分けるならば、面白いもの、世の中を教えてくれるもの、励ましてくれるもの、慰めになるもの、があると思っている。そしてこの順序で文学として有益かつ希少価値が高くなり、慰めが最もレベルが上だと思っている。しかし、寅彦のこの随筆は、どれにも属さずあえて分類すれば世の中を教えてくれるものと言ってよいのかもしれぬ。それにしても寂しさが漂ってどうにもならない。自分たちのこれまでの生涯の意味を考えさせられてしまう。
 この作品の説明なしに、次のような一文を引用するのはどうかとは思うが以下に記す。
 「年取って薄倖はっこうりょうの母すらも『亮は夭死ようしはしたが、これほどまでに皆様から思っていただければ、決してふしあわせとは思わない』とそう言っている。私もほんとうにそうと思う」
、と述べるのである。
 それにしても、若いうちはともかく読んだ文章のところに読んだ日付など書くものではない。以下の二句はこの文と無関係。
  陽を受けるその柿だけが黄を帯びて
  庭師のせりふ気に入らぬ主

(2016.8.28 記)