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イッセイエッセイ

1181号 漢字、ひらがな、カタカナ

2016年08月21日(日)

 作家の山本有三(1887―1974年)は、たえず人生の努力を肯定的に描こうとした作家である。代表作「路傍の石」などに見られるように、普通の言い方をすれば大変にまじめな小説で知られており、文化勲章の受章者でもある。現在では、山本有三の小説や作家としての人となりをほとんど知ることはない。戦後間もなくの社会を反映して、参議院議員にもなった人であり、国会の壇上から代表して幸田露伴の追悼演説をしている(「露伴翁の永眠に対して」昭和22年8月参議院本会議。国会に今はこんな習慣はないが、当時は文化国家を標榜したため行なわれたのであろう)
 終戦後まもなくGHQ方面から、漢字を廃止して国語をローマ字にしてはどうかなどという今から見れば無茶な要求に対し、彼は断固反対し今ある漢字かな混り日本語(正しくは漢字まじり文)を残すのに一役かった文学者である。
 しかし一方で山本有三は漢字数の制限論者であった。教育において余り沢山の難しい漢字を教えることに消極的であったのである。終戦間際の昭和20年5月に行われた国民学校の漢字学力調査を例(茨城県の例)にして、六年生の漢字正答の出来がひどい状況を述べている(「もじと国民ほか」昭和21年)。難しい漢字を多く使いながら(当時の新聞などにはその傾向があったようである)、その一方で漢字にルビをうって済ますことには反対であった。難しい漢字を使ってルビをうつことをやめれば、目で見ても読みやすく耳で聞いてもわかりやすい文章になり、国民が心から国語を愛するようになるだろうと考えていたのであり、至極合理的なことである。
 やや脱線し且つ時代もさかのぼるが、明治三十五年(1902年2月14日)の大阪朝日新聞が、緊迫する世界情勢の中で日英同盟が締約され日露戦争が回避できるかもしれぬ期待を報じる記事が、ちょうど手元の本の中にある。それは以下のごとくである(昭和十年代の記事であればもっと易しくなっているだろうか)。
 「我日本にありては、近数年国運隆盛の結果、耶蘇ヤソ教国以外にいわゆる文明国と相提携し、東洋平和維持の主人公となるに至りたるは、おもきを世界になすと証するに足り、今回の同盟は、実に我国家をして、九鼎大呂きゅうていたいりょより重からしめたり。吾人を抃喜べんきする所以ゆえんは、またここに存せずんばあらず」(「日露戦争史Ⅰ」半藤一利 平凡社 71頁から)
 このように汎ゆる印刷物が演説調、美文調で使われる漢字も多かったにちがいないのである。

 さて話を元に戻す。
 そして仮名は、漢字とは全く役割もちがうのであり、昔から使われている仮の名前のような呼び方を改訂すべきと主張した。文章文字の「カナ」自体は、すぐれた文字だと自覚すべきだと考えていた。こういった種類のことが「山本有三全集第十一巻(新潮社 昭和52年)のあちこちの文章、論文中に書かれている。だから、この十一巻所収の山本有三の文章には、どこにも漢字にルビが付いていない。
(注)中国語は日本語の漢字が既に解決した同じ難問をかかえて来た。中国語は「ひらがな」等がないわけで全文漢字だから、識字率の向上と文字の統一の面からもっと深刻であった。第二次大戦後、かつて中華民国の時代にようやく日本の「かな」を参考にした「注音字母」を発明しこれを使っていた(台湾は現在も)ものを、1958年にようやく今のアルファベットによるピンイン方式に統一し現在に至っている。しかし漢字羅列の文の、上か下にこのアルファベットが連続する姿はすこぶる厳しいものがある。たとえればアルファベットの総ルビなのである。长城の2文字だけでもアルファベットはChángchéngと、10文字を使う。また音系がアルファベットとはもともと違うために学習上簡単ではなく、また、ピンインの表示と実際の音との差や例外が多く、ある音に表示しながらそう発音しない注意書きが必要なものがいくつもある(日本語のは、を、の比ではない)。以下は「ピンイン方案」についての背景を記した文章であり、参考のために付した。
 「建国と同時に、文字は世界共通の表音文字化に向かうべきだと考え、毛沢東は現行の漢字をもとにした民族形式をとるようにと1951年に指示を出した。54年には、ラテン字母(ローマ字)採用にふみきり、「注音字母」に代わるラテン字母方式の原案が作成された。57年に「拼音(ピンイン)方案」として批准、58年に正式公布された。このピンイン方式は、多くの問題をもちながらも、何よりもアルファベット26文字で漢字の発音を表記しつくせるという簡便さがあり、共通語の普及に寄与し、電報メディアから近年のコンピュータ入力に対応しえた。」(『中国近代の思想文化史』坂元ひろ子著(岩波新書2016年5月)270頁から)
 現代中国語の文字改革の動きは、発音表記に並行して漢字の簡略化、北京方言からの語彙の採用がなされ、現代口語の代表的著作から文法規範をとった「普通語」の制定が1956年に行なわれた。

 ちなみにいまもう一冊手元にあり、一読し要点を記してみた「保守主義とは何か」(宇野重規著 中公新書)の文章を調べてみる。もっともこの明解な新書の主張内容と漢字ルビとは全く無関係のことだが、参考のために眼前のやや硬めの内容をもつ書物を例に択ってみたということである。
 わら人形、更地さらち軋轢あつれき※、奇矯ききょう※、寵臣ちょうしん幕間まくあい無謬むびゅう迂回うかい嚮導きょうどう※、信条クレド揶揄やゆわきまえた※、叡智えいち※、あかしたとう※、傲慢ごうまんあや>、晦渋かいじゅう狼煙のろし規範カノン跋扈ばっこ嚆矢こうし守成しゅせい※、周旋家しゅうせんかいにしえ輔弼ほひつ宏池会こうちかい清和会せいわかいかなう(その他、引用古典の漢字は一部省略した。)
 荒川洋治さんがされるような調べをややまねしたような結果になったが、ひらがなのルビはこの一書においても非常に少ない。むしろその中で引用されている古い文章(※印のもの)に、必要に応じて付されたものが存在するのである。また、上記のようにカタカナのルビもあるが、これは原著との関連でニュアンス上必要なものなのであろう。そのほか固有名詞の読みやすさのためにも一部付されているのが実態である。
 漢字の難しい字と振リガナは、できるだけ読者をとりたい編集者も嫌うところであろうから、現在出版されている書籍中では振りガナは一般に限定的であろう。
 なお最近、NIE用等のためか新聞や雑誌の一部分にとくに全漢字にルビの付いた欄を目にすることがある。また漢字熟語を、わざわざ漢字ひらがな熟語に混在させた教科書や、特定の文字を嫌避するためにそうする例もある。教科書は漢字を使ってしまえばそれまでだと思うのだけれど、中途半端は困りものであって一種の学校形式主義の弊害である。
 そこで気になって『ふるさとの発想』を調べてみる。固有名詞(米原まいばら橘曙覧たちばなあけみ、各地の地名ちめい人名じんめい)に付いているものがある。たいていは一部の限られた普通名詞、例えば防人さきもり、「故郷ふるさと」(歌の名)、蕎麦そば畑、定置網ていちあみなどに限って付いていることを発見しやや安心。しかし軋轢あつれきはばかられる風潮、などというのもあってがっかり。今年の福岡県の県立高校入試の国語問題に「ふるさとの発想」が使われたが、いま述べてきた意味では、漢字テストにはあまり役立たないかもしれない。『ふるさとの発想』には全国の47都道府県の名前がすべて出るように書いており、また県内のすべての市町村のことも書いてあるのである。

(2016.8.6 記)
(2016.8.21 追記)