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イッセイエッセイ

1174号 漢文訓読安んぞ辞するに足らん

2016年07月31日(日)

 高校の漢文の学習において生徒が誤解したり敬遠をする訓読文例として、先生達が受験参考書のベストセラーから選んでみせてくれた。受身や反語など次のようなものが二、三の代表例である。

○「為楚所一レ敗」
 楚のやぶところ
 <爲(为)>と<所>は、呼応して受身の意味を示す(…に…される)というのが、漢文の訓読上の説明である。
 この文章は「十八史略」春秋時代の「宋襄の仁」のところから採られたものである。宋の襄公が無用の仁義を気取って、その結果、楚が敗った(宋は楚との戦いに敗れた)と言っているのである。
 しかしこの漢文訓読は表現にやや難点があって、楚の国の方が敗れたような語感を学習者に与える。
 主語が通常は略されるという中国語の仕組みのせいもあるのだろう。また日本語(古文)の読み方も影響している。いずれにしても文章は、宋の国が楚によって敗れた(打ち負かされた)と伝えている。このように訓読の仕方が古語かつ漢文調であるため、難読に傾いてしまう例である。漢字の「敗」は、<敗れる>という自動詞のほかに正反対の<敗る>という他動詞として逆の意味も持っているので、訓読した場合に「敗」の字が両様に解されて誤読しやすくもなる(「勝」の方は勝つだけの意味であるので心配はないのだが)。
 現代中国語においては、この<為…所>は品詞としては介詞の扱いを受けており、辞書には以下のような例文がある。もちろんこの「為」や「所」は、…のため、…するところのもの、のように現在の日本語において普通に意味するような使われ方もある。
(例文1)为广大人民所欢迎wèi guăng dà rén mín suǒ huān yíng 多くの人に喜ばれる
                   (○○クノ人民歓迎スルトナル
(例文2)为实践所证明wèi shí jiàn suǒ zhèng míng    実践によって証明される
                   (○○実践証明スルトナル
(例文3)为表面现象所迷惑wèi biǎo miàn xiàn xiàng suǒ mí huò うわべに惑わされる
                   (○○表面 現象迷惑(惑わす)スルトナル
 例文は全くの中国現代文であるがあえて、漢文調に訳してみると括弧書き(主語は省略されている)のようになる。
 なおこのように、介詞は英語でいうと前置的な機能をもつ。古典漢文に使われていた漢字が、そのまま現代中国語においても一般に使用されているものが多く存在する。
 尤も古典調に訳すと、上記括弧文のようにわかりにくくなる。さらに介詞はもとは動詞であるものがその後に変化して、介詞になったものも多いという説明である。
 上記用例中の「欢迎」も「证明」も、他動詞としての用例があるのみである(「迷惑」の方は、迷うと迷わせるの両方がある)。
 こうしたことからも、上述の「敗」は、敗れた(自動詞)ではなく、敗った(他動詞)でなくてはならない。

 次は漢詩の一部からの用例である。
○「名豈文章著 官應老病休」
  
名はに文章もて著れんや 官はまさに老病にて休むべし
 杜甫の五律「旅夜書懐」の中の一節であり、伝統的には上記のように訓読するようだ。
 「中国名詩選中」(松枝茂夫編 岩波書店1991年)の解説によれば、次のような注解になる。
 「詩文によって名を上げようなんてとんでもない、杜甫よ。身の程を知るがよいぞ。こうまで老いこんで病気がちでは官職など退くのが当然だ。」(下線小生)
 この解釈は、<…自分(杜甫)のごとき境遇にあるものが、文章の力によっていまさらどうして誉れを著わすことが出来ようか>という意味、つまり名声を挙げるほどの文才や余命は吾れになしということ、自己の芸文の将来性、可能性がもうないことに対する率直な悲嘆詠になる。
 しかし詩の流れの脈絡や趣旨からして、初句の嘆きと次句の老病と官途への絶望が、解釈上うまくつながらないとする異論がみられる。
 そこで、「唐詩選下」(高木正一編 朝日新聞社 朝日選書1996年)は、次のように解釈する。
 「…自分の願う名声は、文学などによってあらわれるようなことであったろうか。官吏として政治に参与することが本来の志。とはいえ、この官職も、おそらくこの老病の身では休めてしまうことになるであろう…」
 これは自己(杜甫)が、詩文によってのみその名が知られてきたことへの不満であり、これまで真の名声は得られていない、およそ名声というものは文学に於いてではなく、将に政治において求めるべきものの意味となる。されど、こと志とは異なり老病の身となっては本来の官途の道も悲観的である、となる。そして読み方も上記のように「文章もて・・」でなく、「文章にて・・」著われんやとする。
 しかし翻って、この漢詩において「名」と「文章」がどういう構文上の関係にあるのか、また「著」との関係と品詞は何なのか、となると現代中国語の文法の問題に入る。
 中国語の先生及び中国人に聞いてみると、文章としてそのまま読めるにしても文法は不明な所があると言う。「名」は目的語で冒頭に持ち出され、「文章」が主語、「著」が述語ではないか、という応えであるが、確答とは言わないのである。
 なおここで訓読とは離れて、文学鑑賞の興味としては、この大詩人の心には注意がいるのである。
 どのような意味に解釈するにせよ、詩才に悲歎など決して感じていないのであって、後代の本朝の歌人である定家・俊成卿の如く、むしろ逆に政治何するものぞという意気が、言外に込められているのかも知れぬのである。

○「臣死且不避、卮酒安足辞」
  
しんすらけず、卮酒ししゅいづくんぞ辞するに足らん(「史記」)
 「私は死ぬことさえ何とも思わない、どうして大杯の酒ぐらい辞退しようか」not
only ~ but also
 「卮酒zhījiǔ」は、さかずきの酒のこと、辞書には古語としてのっている。「且qiě」は、現代中国語でも書き言葉として<…すら>という意味の接続詞として辞書にあり、「君畏之、况我辈乎」(あなたさえ恐ろしいと思っておられるというのに、私なぞなおさら恐くてだめです)。「安ān」も、反語を表す「代詞」として<いずくんぞ><どうして>の意味をもつ。「能如此」(どうしてこんなことがあり得ようか)。「足zú」は、否定の場面で用いられ<…とするに足りない>。「不桂歯」(歯牙にかけるに足りない)。「辞cí」は、「不辛苦」(苦労をいとわない)。
 以上のことから、「史記」のこの古い漢文は、現代中国語として全ての語が辞書にのっており、現代とほとんど変らずに(より直截に言えば漢字も文法もそのままの形に)伝わって来ている。したがって<…すら且つ…>などと形をつけて読み下すのはまあ宜しいとしても、これが構文としては特別に難しい読み方の例にはあらず、現代中国語からみれば、安んぞ恐るるに足らん、と言うことなのである。ただし、問題は「卮酒」が主語なのか目的語なのかということなのである(目的語ではないかというのが、もらった一応の応えである)。

 
かくかくこのようなことから、漢文訓読法だけによって古典構文を学習者に理解させるのではなく、併行して現代中国語として漢文を「脱構築」するのが1つの道ではないかと思える。

(2016.7.9 記)