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イッセイエッセイ

1172号 中国語の音声

2016年07月09日(土)

 現代中国語の音声を学ぶことはすこぶる難しい気がする。いわんや四声が正しいかどうかになるともっと厄介だ。外国人としては四声はともかく、音の種類だけはせめて区別できた方がよいのでは、というのが中国人ネイティブの感想である。
 中国語は文字も音声も、中国語そのままとして直接学ぶのが正統かもしれないが、漢字文化圏の日本人の特権として漢字に習熟しているのだから、文字のほかに音声についても漢字の日本語音から出発して、中国語音との連関を手がかりにすれば負担が少しく楽になるのではと考えるべきであろう。漢字の日本語音はその由来からして、中国語音をそれなりに反映しており、全く無関係・無規則ではないので、その異同を考えて憶えるだけでも効果的ではないかと考える。
 われわれが日本語として発声する漢字のおんが、どういう都合でかかる音になって日本語の漢字として通用しているかの理由は、漢字がかつて中国大陸から伝わってきた時代の中国語音との交渉と深く関わるとまず想像できる。中国語音は系統がもともと日本語音とは異質なところが多いから、多くの音は中国語音を初めて聞いた当時の日本人が、それをなんとか似た音で日本語に音韻化したはずであろう。したがって日本語の漢字のおんは、日本語音が持つ体系としてのかたよりが影響して、平均的な中国語音の分布に比べ歪んだ集合となって音韻化されることが起ったであろう。

 以下、日本語音の側からみた音声の組合せ分布について記す。なお、反対に中国語音から音の種類と配列をみた場合には、外形上全く別の地図ができるのは当然である。

(1)日本語での<アイウエオ、カキクケコ…>の40余りの各音は、母音だけ、あるいは母音と子音の基本的な組合せである。したがって中国語音にも言語の共通性からして多少響きのちがいはあってもよく似た音があるはずだろうから、漢字の音としてそのまま日本語音にされたものと推量する。
 実際にも日本語の漢字の音として(ア…ワ)まで各音が、原則そのまま中国語音として存在するが、「テ」、「ノ」、「レ」の3音に当る中国語音の漢字はない。また、たとえばカ行中の日本語音「キ」の音に相当する漢字は、二画の「几」、三画の「己」から十九画の「麒」まで漢字数は100字を超えるが、どの文字の中国語音もkiと発声することはなく、日本語の類音とピンインで表示すれば、チji、シxi、クェイgui,kui、フェイhui、イyiなどと発声される。

(2)逆に語尾に注目すれば、「ン」で終る中国語音は豊富である(かつてそうであった)ために、<アイウエオ…>の約四十音に「ン」を付して終る音(撥音)は、原則ほとんどそのまま語尾がnの中国語音として対応する、要するに日中双方の音が共に「ン」になる。
 ただし「ツン」「ヌン」「ムン」「ヤン」「ユン」の6の音に相当する漢字の中国語音は存在しない。このように日本語音で語尾が「ン」の漢字は、現代中国語音では全てといってよいほどその語尾(韻尾)も「」(鼻音のn)と共通である。このことを知っていることは学習上も便利であろう。
 しかし子音(声母)の部分は、バラバラに音が異なっていることが大体である。例えば日本語の漢字「キン」は、現代中国語音でもnでは終るが、kinというkの子音(声母)そのものが存在しない。つまり巾jīn、均jūn、欣xīnなどと発音される。矜guānだけは例外的に子音の調子が外れているが、別の音でjīnがあり、いずれにしろ全てnで終っていることが確かめられる。唯一の例外が<聞く>という意味の听(聴)は、tinでなく、tīngティングで―ngで終っている珍しい例である。

(3)そのほか、<アイウエオ…>の音に付く日本語音として一番多いのは、「」である。「アツ」圧、「イツ」一…のように大抵の音に付いて漢字の音を作る。当時そのように聞える音が多かったのであろう。
 その次は「」(アイのように)であり、次に「」(アクのように)であり、半分以上の音に付く。
 さらに「」は1/3ほどの文字に付く(例えば、アウという音の漢字はなく、オウという漢字はある)。「」は7文字ほどに付くだけである(シキのように)。
 つまり<アイウエオ…>の各音には、次に通常の一音として「ア」、「エ」、「オ」の音は全く付くことがなく、上記のように「」と「」そして「」、「」さらには「」、「」が付くのみである。

さらに、いわゆる「ニャニュニョ系統」(拗音)の音が、特別に付く音があり、<キ>、<シ>、<チ>、<ニ>、<ヒ>、<リ>の音に付き、なかでも≪シ≫の音に付く場合がとくに種類が多い。

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 以下、中国語音が具体にどのように分布しているかを調べる。
(4)上記(3)のように、「ツ」は大抵の音に付く。各音に対応する現代中国語の音を付してある。
  アツ:圧yā
  イツ:一yī、逸yì
  エツ:悦yuè、越yuè
  オツ:乙yĭ
  カツ:喝hē、滑huá
  キツ:乞qĭ、洁(潔)jié
  クツ:屈qū、掘jué
  ケツ:决(決)jué、穴xué、结jiē
  コツ:忽hū、骨gū
  サツ:札zhá、刷shuā、拶zā、察chá
  シツ:失shī、疾jí、漆qī
  セツ:切qiē、节(節)jiē、折shé、泄xiè、説yuè、雪xuĕ
  ソツ:卒cù、率lǜ
  タツ:达(達)dá
  チツ:秩zhì
  テツ:鉄tiĕ、徹chè
  トツ:凸tū、吶nà、突tū
  ナツ:捺nà
  ハツ:发(發)fā、鉢bō
  ヒツ:必bì、疋yă
  フツ:弗fú、沸fèi
  ベツ:別bié、蔑miè
  メツ:灭(滅)miè
  モツ:物wù
  リツ:立lì、律lǜ
  レツ:列liè、劣liè

 これらの音は日本語としては、短くつまって発声される場合があり、「促音」である。中国語音では促音が見られないので、語尾はi,eなどとなる。意外なことに、日本語に較べて上記のようにyue,qieなどと柔らかい音になる。

(5)語尾に「イ」の付く音は日本の漢字に多いが、日本語と中国語の間では比較的類音の関係にある(例示は省略する)。

(6)語尾に「ク」の付く音も日本語の漢字に多いが、日本語と中国語とでは「ツ」の付く場合(6)と同様に、外面上は音感にかなりの差があるようにみえる。これも「ク」で終る音が中国語で類音として(e,u)としてあるが、かなり異なって変化している音もある。いろんな読み方があるが、それらから代表的なものを以下に。
  アク:惡(悪)è、握wò
  イク:育yō、郁yù
  オク:亿(億)yì、屋wū
  カク:各gĕ、画huà、客kè、覚jiào、郭guō、核hé
  キク:菊jú、麹qū
  コク:告gào、谷gŭ、克kè、黑hēi、酷kù
  サク:作zuō、削xiāo、柵zhà、昨zuó、策cè
  ソク:則zé、即jí、足zú、促cù、速sù、息xī
  タク:宅zhái、拆cā、择(擇)zé、卓zhuō
  チク:竹zhú、畜chù
  トク:禿tū、特tè、得dé
  ニク:肉ròu
  ハク:白bái、泊bó、拍pāi、薄báo
  フク:服fú、福fú
  ホク:北bĕi
  ボク:卜bo、木mù、朴piáo、墨mò、牧mù
  モク:目mù、沐mù、黙mò
  ヤク:厄è、约yāo、役yì、跃(躍)yuè
  ヨク:弋yì、抑yì、浴yù、翌yì、欲yù、沃wò
  ラク:乐(樂)lè、络lào、落luò
  リク:六liù、陆(陸)liù、戮lù

(7)上記(3)で述べた中の日本語の漢字の語尾が「ウ」の系統は、伝播されてきた時に大体において中国語音のング<―ng>を日本語的に聞きなして、長音のウと発声したように思える(例外も無論ある)。語頭の子音の方は実にさまざまであり、語尾に気をとられて子音の違いはおろそかに翻音したのではないかと想像されるほどである。
  オウ:王wáng、央yāng、黄huáng、横héng、桜yīngなど
  クウ:空kòng、宮gōngなど
  コウ:工gōng、广(廣)guăng、孔kŏng、行háng、红hóng、江jiāngなど
  ソウ:双shuāng、争zhēng、仓(倉)cāng、妆(粧)zhuāng、层(層)céng、宋sòng、箱xiāngなど
  ツウ:通tōng、痛tòng
  トウ:冬dōng、当dāng、灯dēng、汤(湯)tāng or shāng
  ノウ:农(農)nóng、能néng
  フウ:风(風)fēng
  ホウ:方fāng、邦bāng、奉fèng、朋péng、萌méng
  ボウ:防fáng、忙máng、忘wàng、旁páng
  モウ:亡wáng、盲máng、孟mèngなど
  ユウ:この音は例外的に友yŏuのように発音される漢字数が多いが、勇yŏng、雄xióng、融róngなどあり
  ロウ:この音も楼lóuと発音される漢字数が多いが、郎láng、泷(瀧)lóng、粮(糧)liángなどあり

(8)「キ」の付く音が若干ある。
  エキ:亦yì、役yì、驿(驛)yì、易yì、益yì、液yè
  ゲキ:击(擊)jī、剧(劇)jù、戟jĭ、激jī、檄xí
  シキ:色sè、式shì、识(識)shí or zhì
  ジキ:直zhí
  セキ:夕xī、斥chì、昔xī、赤chì、石shí、迹(跡)jī
  ヘキ:辟bì、碧bì、僻pì
  レキ:历(歴)lì、砾(礫)lì

(9)「チ」の付く音は数例。
  シチ:七qī
  ニチ:日rì
  ハチ:八bā、鉢bō
     リチ:律lù

(10)最後にとくに種類の多い「シ」と結びつく音の場合をみると、シ(清音)とジ(濁音)を1つとしてまとめて数えても、ニャ、ニュ、ニョ的な日本語音の漢字としてまず10程度の音の種類があり、これを発するときの中国語音はまたそれぞれ異なるのである。

  シャ:车(車)chē、社shè、者zhĕ、謝xièなど
  シャク:尺chě、借jiè、勺sháoなど
  シュ:手shŏu、主zhŭ、种(種)chóng、酒jiŭなど
  シュウ:习(習)xí、収shōu、舟zhōu、终zhōng、秋qiū、集jíなど
  シュク:祝zhù、宿sù、缩suōなど
  シュツ(ジュツ):出chū、朮(術)shù、怵chùなど
  シュン:旬xún、春chūn、俊jùnなど
  ショ:书(書)shū、初chū、所suŏ、緒xùなど
  ショウ:小xiăo、生shēng、庄zhuāng、松sōng、捷jiéなど
  ショク:色sè、饰shì、触chùなど

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 このように日本語音を基にして<アイウエオ…>のタテ・ヨコの音のマトリックス表を作った場合、日本語として発音される漢字の音のタイプが、マトリックスの特定領域に集中するのは、元の中国語音がその部分に比較的多いために日本語の漢字がそのように発音される結果となったものと推量できる。一方でほとんど漢字の日本語音が存在しない過疎エリアは、日本語本来の音の組合せ(つまり訓音)が、数多く分布する場所になる。
 中国語の辞典において中国語の音に従ってピンイン(アルファベット)で多い部分は、辞典の「小口」の部分の印の頁幅を調べてみると、B、C、D、G、H、J、L、S、T、X、Y、Z辺りであり、とくに多いのは、順にS、Y、Z、J、B、Cである。中国語にはI、U、Vの項はなく、Eは数頁のみ、Oは2頁しかない。このように中国語の音(頭出しとなる音)においては、日本語音から見た場合は、それなりに分布のかたよりがあるのである。さらにこれらの中国語の音に対してかつて日本語の立場で聞きなした際に、日本語の音声区分からの偏りが重なって、現在の漢字の日本語音としては一層、特定部分に集中してしまったのではないかと思える(もちろん日本語も中国語も、それぞれ自己の全体の音の分布においては、当然乍らそんなに偏ってはいないはずだが)。

(2016.7.3 記)

 かくして日中共通の「漢字」を介して、日本語音と中国語音の近似関係を追及していくと、部分的な調べをしただけでも、われわれの馴染んでいる日本語音をベースにしながら一定の規則性を発見できたことになる。子音(声母)はもともと互いに類音(有気、無気の違いを無視)であるし、語尾の「ン」は「n」、「ウ」は「ng」、「ツ」は「i」や「e」となり、他の語尾(韻母)も似ていることを知る。しかし、具体に個々の漢字がどんな音かは憶えるほかはないようであり、想像が若干役立つかもしれぬという程度だろう。
 今月7月の「私の履歴書」にはCPグループ会長のタニン・チャラワノン・謝国民氏という方が登場している。8日の欄は「恩師の導き」と題するものだが、次のような文章があり、言語習得の難しさが書かれている。
 「<…>中学一年生までスワトー(汕頭)で学び、途中で広東省の省都、広州の中学校に移った。<…>広州に移ると今度は広東語での生活に変わった。潮州語と広東語は同じ広東省にありながら、外国語ほど発音が異なる。しばらくして会話は聞きとれるようになったが、話すことはできなかった。漢字を見れば意味はわかった。<…>」。
 氏はそこには1年だけいて、今度は英語を勉強するため、香港の学校に通うことになる。前日の話(第7回)には、漢字を一生懸命に一字ずつ憶えて行く話が出ている。

(2016.7.9 追記)

(2017.2.20 追記)