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1159号 百代の過客

2016年05月19日(木)

 若狭さとうみハイウェイが出来て間もなく2年になる。今日は高浜町で「青葉山健康長寿の里」のオープニング式典があって高速道を西に向った。敦賀をすぎてしばらく行くと、車のスピードが緩っくりとなった。なぜかと思って前方を見ると、背の高い中型のトラックが「ゆっくり」走行していて、後の車が連なってしまっているのである。ハイウェイの大きな弧曲が見通せるところに来て、そこから眺めるとトラックの前方はいわゆるガラ空きの状態であり、前の車に感情があるわけではないが、イライラして尾行しているようにも見えた。
 この舞若道ができて、始めのうちは便利そのものに感じ有難く思った。しかしそうするうちに、四車線にしないと時間もかかり、事故のときは困ると感じるようになる。残念なことに、ハイウェイからの絶景もだんだん馴れてきて、やや普通の景色に感じるようになった。
 ちょうど車中で芭蕉の「奥の細道」が題材の古典講読のラジオ番組が流れていて、芭蕉の紀行作品も、大方は先人の古典精神の再生であるのみならず、文章そのものも源氏や西行のそれを今に生かして名句と名文を綴っていることを知るのである。
 そして、何事も昔と今の関係は次のようにあると思った。

わたし達は先人の肩の上にただで乗せてもらいながら、感謝することなく高い知識と便益の成果に浴している。しかしその全ての贈り物が小さく少しずつの努力の積み重ねによりわれわれの元に来たるものであるから、あまりにも有難みの意識がないのである。この身近に使うことのできるようになった新しい高速道路も、これからの人達には便利なことがますます当り前と感じられる物の1つになると思ったのである。

(2016.5.6 記)