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イッセイエッセイ

1147号 技術と歴史の関係

2016年04月17日(日)

 『現代歴史主義の批判』につづいて、田中美知太郎は、『科学史の視点』において科学史を素材にしながら、歴史記述における「進歩史観」の批判を行っている。(両著作ともに「田中美知太郎全集」第6巻所収)
 もし歴史というものが年代を追って進歩して来たと考えるならば、おそらく科学の世界ほど、この進歩の観念になじむものはないであろうということで、著者は科学史におけるこの種の歴史主義を批判対象の好例として取り上げるのである。
 著者が言うには、学問として一般科学史といったものが実際に成立可能なのかは当然とは言えない、そこには科学的知識の進歩という観念がどこまで使えるかという問題が出てくる。
 「科学史は科学の『歴史』として、むしろ他の歴史との関連において、歴史一般のうちに見られなければならない。歴史が、政治史あるいは国史のほかに、文化史、精神史、経済史などとして開拓され、更に東洋史、西洋史などから一歩進めて、世界史としての見地で考えられるようになったのは、比較的新しいことで、恐らくはヘーゲル以後の現象であろうと考えられる。そして科学史が、このような世界史、あるいは文明史の重要な一部として認識されるようになるのは、更に後のことであろうと考えられる。」(297頁)(傍線小生、以下同じ)
 著者は、楽観的な進歩史観をもっていたサートン(1884―1956年)という学者(われわれには馴染みがない)の『科学史序説』(1927―48年)をまず格好の材料にして、歴史主義の問題点を論じる(この詳細は省略)。
 要点を大雑把にまとめるならば、サートンの科学史観は、文明史の連続性を支える科学の進歩を信じている。(299頁)そして自然と科学と人類が1つになって一律性をもちながら、諸民族(国民)が時代的に役割を交代(選手交代)し科学を次々と支えゆく。そうして諸科学はいわば樹木の枝のように共に生長発展していくと考えている。(301―303頁)
 こうした素朴で甘美な見解を抱いているサートンの科学史に対して、著者はまったく懐疑的で否定的なのである。
 そして、対立的な歴史観としてA・トインビーの考え方を持ち出してくる。以下のようにトインビーは単一文明の連結による世界史を否定する。(319頁)
 進歩というものを一直線に進行するもののように幻想することは、人間の心理がそのあらゆる活動において示す過度の単純化傾向の一例である。」(引用されている『歴史の研究』からの一節)
 「年代が古いということは、それだけで素朴で、経験も乏しいということになるというような考え方に支配されないようにすることである。」(同じくトインビー『Greek History
Thought』から)

 さらに著者によるトインビーの以下の引用がある。近代の西欧人がギリシアの学芸に近づく場合に、とり返しのつかない間違いをしない為にも、これらのすべてが2000~3000年前になされたことだとして時代の前後という物指しを使ってはならない、これがトインビーの考え方だと解説する。
 「年代の上で先であるとか、後であるとかということは、ある一定の文明の範囲内では有意味であっても、それを越えては、われわれ自身にとってほとんど何の意味もないのである。異なる文明を比較する場合、直接それらを年代上の前後関係に置いても、それはほとんど無意義であり、またそれ故にわれわれを誤らせるのが普通である<…>よその文明のうちに実現された遠い過去のことの方が、かえってわれわれの生活がそこから生じた間近かの過去よりも、今日のわれわれの生活にとって、主観的により近いということもあり得るのである。」(321頁)(トインビー前掲書)
 トインビーが古典研究から得られた自己の信条を以上のように述べるのは、彼がトゥキュディデスの講義をしていたとき突如として問題の理解に達したという次にいくつか著者が引用する貴重な経験を持ったことに由来するということだ。(トインビー『私の歴史観』から)
 もろもろの文明はすべて同時代に属するものコンテポラネアスであって、これは過去においても、現在においても、将来においても同じことである。<…>これらの年齢差というようなものは、とにかく何の文明にせよ、文明というものが生まれるまでの間に人類があった無限に近い長い年月に比べるなら、無限小となる。」(321―322頁)(トインビー「Greek History Thought」から)
 続いて、
 「われわれが現在この世界で経験しつつあるものは、すでにトゥキュディデスがその時代のなかで経験してしまったことなのだ」、
 「われわれとして到達した歴史的経験のこの段階においては、かれとかれの同時代よりも先の方を歩いているのである。じっさいかれの現在は、わたしたちの未来となるものだった」
 「われわれの世界を近代、トゥキュディデスの世界を古代ときめてしまうような年代表記を無意味だとさとらせた<…>」
 トインビーのこの考えは、西欧の歴史とギリシア・ローマの歴史を、古代、中世、近世というような一本の線につなぎ、その年代順に従って、文明の進歩と経験の蓄積を考えようとする旧来の歴史観に反撃を与えることになると、著者は言う。
 具体的にはこのような著者が援用するトインビーのトゥキュディデス体験なのであるが、この体験談も詳しくはトインビーの全文を読まなければ感じはわからない。そしてこれがまた客観性を発揮できる思考法かどうかは留保がいるように思う。歴史性を離れてしまうと連続という観念の助けがなくなり、恣意的な方法論という印象を我々はもつからである。
 しかし、著者は結論的には、サートンのような科学史の大きな構想に対し、ただ批判的であるとか逆にトインビーの説を支持しているということではなく、科学と歴史の関係は簡単に片づけられない問題点をふくんでいることを断っている。
 こうした点については、たとえば科学の進歩は文明の進歩であるとか、ソクラテスは科学に対してなんの貢献するところもなかった(325―326頁)、というような単純な議論もあるけれども、これらは当を得ていないばかりか、科学は科学であるよりもまず歴史であることを思い返すべきであると言う。(304頁)
 「科学史の哲学」(下村寅太郎 昭和16年)という全く別の書物(エッセイ第743号参照)において、「科学の客観性が主観性を帯び、歴史的なものとなった、現代の科学性とは歴史性のことである」という主張がある(しかし、このことが何を意味しているか再読がいる)。
 著者はまた、科学批判は科学そのものに反対し否定するの意ではない、科学史の批判を通してそれはなされなければならない、と述べる。(327頁)
 「科学の進歩が見やすいきめ手になることから、文明史の研究においては、科学の進歩を重視しなければならないということになるが、これは歴史的評価に属する。しかし科学が進歩しただけで、道徳が低下するような文明を、そのまま是認するかどうかは、また別問題であって、これは一般的な価値判断に属する。そしてこの二つの判断は、いわゆる科学者がどのような判断を下したとしても、それは専門科学の命題とは無関係である。」(325頁)
 「いずれにしても『科学者』としてとか、あるいは『科学』の名においてとかいうことで、どこまで言えるのか、どこまで行為できるかということについて、厳格な区別の意識をもつことが、われわれの周囲には、あまりにも少なすぎるのではないか。『科学的』などという、あいまいなものはむしろ排除すべきである。」(328頁)と著者は結ぶ。

(2016.4.上旬 記)

 ここまで来て、以前にも田中美知太郎を読んでいたことがわかった。エッセイ295号(2008年)「どれか1つに丸をうつ」には、「事実はそう簡単ではない<…>複雑で割り切れないものをもっている<…>イエス、ノーでは割り切れない」などの著者の文章があり、政治に対しても天気予測に対しても田中美知太郎はそういう割り切らない見方をいつもしている。学者としての態度が、懐疑主義的であり細かいところにも慎重なのである。しかし第228号「政治について」には、逆に歯切れのよい政治論(随筆)が載っており、今回は全集各巻の選び方を誤ったので、このような迷路に入るような議論に勝手につき合うことになった。

(2016.4.10 追記)