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1138号 進歩と未来(「現代歴史主義の批判」田中美知太郎全集第6巻から)

2016年04月09日(土)

 本論文は、ヘーゲル的な歴史主義に対するギリシア哲学者・田中美知太郎の批評である。まず二人の学者を例にあげて論をはじめる(以下小生の感想を加えてその要約をする)。
 ポッパーとミーゼスはともに、歴史の中に法則を見出すことは迷信であり不可能だという考えを同じくしている。なお「歴史主義」という用語の使い方において、後者は法則化を否定するという意味の歴史主義として、前者はそれを肯定する考え方という意味で(拙注―この用語法そのものは非常識で唯名論であると言われる)使っているが、ともに結論は同じであり反対論者なのである。
 いずれにしても歴史において、そこに何らかの統一の要素、発展の一様性あるいは歴史の基底にある律動・類型・傾向・宿命さらにはシステム・規則・法則といったものが存在することについて批判的、警戒的であり、慎重な態度をとるのである。(田中美知太郎全集第6巻「現代歴史主義の批判」から)
 上述のように用語の使い方が正反対であることはさておき、ここから歴史の未来や発展を予測することの問題(「歴史的予測」)が起ってくるわけであるが、このことについて両学者とも断乎たる拒否の態度をとっているのである。これは歴史の優位とか万能を信じたことによって、20世紀においてコミュニストやファシストによって大きな犠牲になった人々への鎮魂と反省をふくんでいるのである(以下の田中美知太郎の述べ方は、この悪い意味として歴史主義と呼んでいる)。
 ただ著者は、いわゆる歴史主義の問題をイデオロギーの問題に解消して「未来の歴史化」がヘーゲル主義やマルクス主義だけの特殊現象であるとは考えず、むしろ歴史主義という傾向は、現代共通の現象であり、ひろく現代の一般的な精神状況であると見ており、カール・レーヴィット『ヘーゲル左派』や『世界と世界史』を引用して警告するのである。
 レーヴィットからの著者の引用等を逐次要約することは煩瑣なので、そこにみられる歴史主義的な問題をキーワードとしていくつか取り出してみると、たとえば時間に宿る精神、未来の波、歴史の定め、新時代への過渡、未来の人間、不可避の宿命etcといった言葉と歴史観念なのである。
 なお著者の解説するところでは、レーヴィットが行った歴史主義批判に関して、それが歴史主義の「歴史的」な生成を明らかにしながら、その制約と限界や他の可能性を示そうとしている方法をとっているので、その批判方法がまた歴史主義的ではないかという反批判があるとする(説明方法としては歴史的説明は便利であるから、ある程度仕方はないのではないかとしている)。
 著者はそこで、徹底した反歴史主義者であるニーチェを利用してヘーゲル的な歴史哲学を批評する試みを行う。―なお私見ながらこの著書にはレーヴィットの『ヘーゲルからニーチェへ』の参照がないが、なぜだろうか。(エッセイ1137号「レーヴィット『ヘーゲルからニーチェへ(上)』」参照のこと)―
 著者が引用するニーチェのヘーゲル哲学批判の文章からキーフレーズをいくつか(ややこちらで変更した箇所あり)
 <…>後進というコンプレックスと裏はらの自己の時代を世界過程の必然的結果として正当化する思考癖、別種の精神的な力であるはずの美術や宗教に代って歴史を唯一の主権の座に据える、世界歴史を自己の哲学によって完成etc<…>。
 とくにヘーゲルが自己の哲学を「最終最後の哲学」と称していることは、哲学といえども時代の子、それぞれの原則は一時代だけを支配する、というヘーゲル自身の主張にもあるように、こうした繰り返しの関係においていつの時代もそこで哲学が終結するということはなく、ただ相対的なものにすぎなくなると言える。完結や完成とはならないはずであり、あとの哲学が余計な付加だとはいえない。ヘーゲルの哲学がなぜ最後であるから最高と言えるか。
 著者はこれらのヘーゲルが言う最後の哲学、いわゆる歴史の終り、という観念にしぼって(他のヘーゲルの歴史主義の問題点は論じていない)本書で論じてみたいとしている。(267頁)
 ヘーゲルが主張するように、歴史の上でたとえばもっとも多くの年月を経て来たものが、同時に最も新しいもの、最も若いものである、というパラドックスについて、著者は必ずしもそうとも言えないとする。たとえば孫(の世代)が父祖の時代より賢いわけではないことなど。―私見によればこうしたヘーゲル的な歴史構造の措定は、スペインのオルテガの世代論(結論はちがうが)にもみられる(エッセイ574号「40年周期説」参照)。むしろ21世紀の現代人の我々は明治の人や戦前の祖父母に比べ精神的に老化している(元気で素朴でない世代といった方がよいか。つまり世代として年をとってきた)のであって、昔の生きた個々人は昔に死んでしまっているだけのことである。桜は毎春に咲くが桜樹は衰えてゆく、今年の花は去年の花より若々しいなどとは決して言えず誤解である―以下要約から2ケ所の引用。
 歴史主義の成立は、その起源を遠くはキリスト教思想、ユダヤ思想のうちにさかのぼることができるわけである。ギリシア人の自律的な自然の世界(コスモス)は、その自律性を失って、神がまた新しい天と地をつくるまでの、かりそめの存在となり、時間的に考えられるものとなった時、歴史化の第一歩が始められたのだとも言われるだろう。」(270頁)(傍線小生、以下同じ)
 「ヘーゲル、マルクス、ディルタイ、ハイデッガーなどの歴史主義は、かくて遠くキリスト教思想から近代哲学を経て、現代に至るまでの系譜に沿ってたどることができるのだとされる。そしてその最後の代表者たるハイデッガー批判を通じて、レーヴィットは、いまや哲学の行きづまりは、ニーチェが指示したように、むしろ非歴史的だったギリシア人の思考に立ちかえることによってのみ、打開されるのではないかと提言するわけである。」(271頁)
 しかし著者はこう言いながら、レーヴィットの言うギリシア人の自然のコスモス、聖書に啓示された神、近代の自覚的人間(この最後の近代の生き方はすでに失敗しているのが明らか)の三つの世界観のうち、レーヴィットがいまや前二者に選択が限られるということについて、前提としてなぜ歴史主義を捨てる必要があるのか、歴史化されないものとしての自然がもしあるなら、なぜ自然は歴史化されることがないのかを探り出さなければならないと再問する。(272頁)
 そこで著者はさらに進んで、歴史主義が問題となるのは、それが微温的ないし穏健なる歴史主義に止っているのであればこれは当り前の思考であって、とくに問題とはならないのであるが、歴史主義には何かの過剰や何かの行き過ぎがあるから問題となるのである。つまり歴史の「過度」や「絶対化」が問題なのであるとする。つまり極端な歴史主義これこそがまさに問題の歴史主義であるとしている。
 そして著者はさまざま論じた後に、現在というものが過去の結果であるとしても、この結果をまた最初からの目的であったと見なすことは一種の混同であって、そう簡単に許されることではないとする。現在から過去をふり返って、これを必然として説明するのがしばしば説得力があると見えたとしてもである。
 「ヘーゲルの論理も、これと何ら異なるところはない。かれはかれ自身の現在の時点に立って、過去のすべて、全世界史、全宇宙が、まさにこのため・・にあったというふうに考えたわけで、このように考えることはむしろ安易なのである。」(278頁)
 「レーヴィットの『世界と世界史』の言葉に見られるように、ヘーゲル以後、マルクス以後の進歩の哲学は、産業の発達した文明国では、もはや救いではなく、宿命となり、あきらめとなっているのである。そしていわゆる進歩派なるものは、一つの後進国現象として後進国なみのインテリから形成されるというわけであろう。だから、われわれにとっては、進歩派とは遅れた知性だということになるかも知れない。」(283頁)
 著者が次のように述べるとき、その当時は(1963年、昭和38年出版の「哲学体系」に発表)、社会主義の将来が全盛期の時代であったことから、決して常識的な見解を述べていたのではないのである。なおヘーゲル哲学における進歩の基本的な尺度は「自由」であるとされているが、この点に関する田中美知太郎の見解は第5巻「自由のギリシア的理解」に収録されていると注書きがある。
 「だから、資本主義から社会主義への進歩などということは、全くの無意味に過ぎないのである。これと同じように、歴史的に見て、古代のギリシア・ローマ世界と中世ヨーロッパとの間に、どういう進歩があったのか、これも簡単には決められないだろう。われわれは歴史上の異なった時代、あるいは地理的にも違った文化を、そう簡単に階段式のエスカレーターにのせて、進歩や発展を云々することはできないのである。」(284頁)
 著者は歴史を理解するのに、なぜヘーゲルの弁証法が必要だなど考えるのか、なぜ歴史が「愚かしさの陳列物」ではいけないのか、神を信じないと威張っている人たちが、なぜ未練がましく歴史の未来などを信じたりしなければならないのか、それは現実の何かを理想化することであり偶像崇拝の一種なのではないか、進歩信仰は退歩した宗教心理の産物ではないか、等と述べる。(284―286頁)(なおヘーゲルの「歴史哲学」を読んでもヘーゲルが未来のことまでをはっきり論じたり予測したような箇所はなかったように愚考する。しかしヘーゲル哲学の構造が、そうした可能性をはらむ含意を有しているのは事実であるけれども。
 むしろ未来予測の極端な確信は、東洋における孔子の「論語」を見よ。子張しちょう問う、十世知るべきか。子曰わく、殷は夏の礼に因る、損益するところ知るべきなり。周は殷の礼に因る、損益するところ知るべきなり。それ或いは周に継ぐものは、百世と雖も知るべきなり(為政篇二三)」、と語っているではないか。
 「われわれは、未来の恐ろしさを知るが故に、これを無視せず、また従って現在のみに生きる刹那主義、現実主義に与することもしないのである。われわれの未来は、われわれの予測しない形で、つねにわれわれの前にある。」(289頁)
 そして本書の結尾は次のように終っている。
 「しかし今われわれは、むしろ限られたこの生のうちに、できる限りの善美なるものを実現しようと、超越的なもの、永遠なるものに眼をむけ直すことによって、またあらためて歴史をも見直す時にあるのではないか。」(293頁)
 この結びでは結局のところ、著者は歴史とは何なのだと積極的な形式で主張していないようにやや見える。そこで、結末のすこし前にある著者としてみずから近似していると考えている他の歴史家の歴史の見方について引用している部分を、孫引き的に抜く。
 著者はここでは、いわゆる非歴史的なギリシアが生んだ第一流の大歴史家トゥキュディデスの言葉を引用して、現代の歴史主義病から快癒するため、むしろ永遠なるものへの感覚をあらためて目ざめさせ、鋭くしなければならないと記す。
 「このたびの出来事の明確な見通しを得たいと思う人、またこのような出来事やこれに近い出来事は、人間の本性がこのようなものである限り、将来もまた起こるかもしれないが、そういう場合に事柄の真相を知りたいと思う人、そういう人たちがこの書物を読んで、有益だと判断してくれるなら、それでわたしは満足するだろう。この書物は聴衆の一時的な喝采を求めて書かれたのではなくて、永くいつまでも所有されるために書かれたのである。」(トゥキュディデス『歴史』第1巻22章4節)(292頁)
 ペロポネソス戦争を描いた歴史の祖は、ここで一人ひとりの人間を読者として想定している、と読める。また後世がこの歴史を読んで役に立つことになれば満足であり、又できるだけ長く役に立ちたいと思っている。自己の体験したその時代の歴史を書いたのであって、歴史一般のことをただ書いたのではない。
 もう一つ、また著者はヤーコブ・ブルクハルトについての考えを引用するレーヴィットの言葉『世界と世界史116頁』を再引用している。
 「われわれはさまざまの文化や異なる時代の人間の生活様式の区別に対しては、歴史的に鋭くされた感覚をもっているが、しかしそれよりもはるかに本質的な恒常性、つまり人間のもっている原初的な要求や情熱、能力や脆弱さなどの不変性に対しては、奇妙に鈍感である。19世紀の歴史家のうちではただ一人、ヤコブ・ブルクハルトだけが名誉ある例外をなしている。かれはあるとき自分の歴史研究について述べる機会があって、こういうことを言った。人間の精神は早くから既に完成してしまっている。すでに古い時代にもひとのために自分の命を投げ出すことがあったが、今日でもそれ以上のことはできないのだと。(レーヴィット)」(116頁)

(2016.4.3(日) 記)