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イッセイエッセイ

1133号 ジャンバティスタ・ヴィーコ(ヒルティによる)

2016年03月23日(水)

 第二次大戦前にカール・レーヴィットが書いた「ヘーゲルからニーチェへ」(岩波文庫版(上))には、ジャンバティスタ・ヴィーコの名があるが、それも1ケ所単に名前が出ているという程度にすぎない。
 しかし、以前ヴィーコという名前は、ヒルティがマキャヴェルリの「現実政策レアルポリティーク」を「国家至上主義」であって「日和見性」をもっていると批判する文章の中で、これに対する理想主義の思想家として評価していたように記憶している。(ヒルティ著作集第11巻「ニコロ・マキアヴェリとジャンバティスタ・ヴィーコ」(1906年))
 一般にJ・ヴィーコ(1668―1744年 伊)は、フランス革命の精神的創始者としてジョン・ロックと並んで引き合いに出される程度であるが、ヒルティによればこれは彼の本来の意義ではなく「自由に考える人間に対して他の国家理想・・・・」を指し示した人物であるとする。
 ヴィーコの主著は『新科学原理』(1725年)であって、そこにおいてはこれまでの歴史を三つの時代に区分し、(1)神々が支配する時代(神政政治)、(2)英雄と半神の時代(貴族政治)、(3)英知の時代(市民階級による民主政治)と分け、第三のものを理想としたという。これは現代の眼からすれば、やや当り前になった考えであるけれども、それ故に世に先駆けて述べたところに支配的ですぐれた著作として評価すべきということになるとヒルティは考えるようだ。このほとんど知られていない著作が、有名なモンテスキューの「ローマ人盛衰原因論」(1734年)及び「法の精神」(1784年)に刺激を与えたというのである。
 そしてヒルティはヴィーコの主張の意義を次のようにまとめている。
 「人間状態のこのような偉大な発展史は、全世紀を通じて明らかに見られるものであり、あらゆる妨害と抵抗に抗して勢力を得るのであって、けして偶然でもなければ、しばしば立法者として登場する特別に才能のある人間個人の作品でもありえないのである。むしろそれは明らかに、単に時間的なもののすべてを凌駕し、はかない個人の生命とは結びつかない霊の所産であろう。そしてそれは人格的な神の霊でしかありえないだろう」と。
 なお、レーヴィットの著作にやや多く登場するヘルーダー(1744―1803年)の「人類の歴史への理念」(1784年)についても、ヒルティは、ヴィーコに比類した傾向の著作であると評価している。
 ヒルティは「現存するすべてのものを理性的なものとする当時のヘーゲルのごとき」考え方にはくみしていない。(同巻同書74頁)
 「なぜならばこの客観性は、究極のところヘーゲルの誤った哲学にもとづいているからである。この哲学はこの世における偉大なものをすべて個人や個性の働きからではなく、社会的な抽象から生起させるからである。しかし、人間存在は全体としてみて全然そのようなものではない。それは個々人の統合された働きから成立している。つまり、働くのは大衆ではなく個人なのである。」(同巻218頁「歴史における主観的要素について」(1904年)
 ヒルティは個人の主観を重視する。そしてヴィーコのように歴史に理想の姿をみようとする。歴史を読む人たちに現状追認ではなく、励ましや徳性を与えるものでなければ意味がないと言っている。

「今から少しばかり前の時代に、大きな、ほとんど決定的な意義を認められていたある種の歴史書は、専門学者によって書かれ、もともと学者たちだけを対象とし彼らだけ役立つが、普通の読者には学ぶものの何もない元来が学問的・・・な書なのである。おそらく著者じしんはけしてそうは思っていなかったであろう。(中略)この種の本を読んでいる人は、やがて全体の見通しを全く失って、資料の中に埋没してしまう。そしてこれらの本が後に残す共通した印象は、どのみち心を高めたり、性格を強めたり、決断を促すようなものではなく、それとは反対に、かつては存在した力関係の中にぼんやりとうち沈むといったようなものである。それゆえに、このような単に学問的であるだけの多数の歴史家(二、三の例外はあるが)は反動的であり、彼らもその国家観の積極的で尊敬さるべき道具として仕えている支配的国家権力の盲目的崇拝者である。彼らのための理想的な時代は特に19世紀の最初の三分の一世紀で、それにふさわしいヘーゲルやシェリングの哲学とゲーテの世界観の影響下にあった。」(同巻同書180―181頁)

(2016.3.23 記)