西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

1130号 雑想(14)

2016年03月21日(月)

○ 習慣は訓練である。自然に身につくものではない、良い意味でも悪い意味でも惰性によるものではない。
 礼儀作法から下着の着方まで、それらの順序は改めてみると習慣だっており訓練の結果である。思考における習慣の意味もこれらと同様である。

○ 岩波文庫(2015年)の三島憲一訳「ヘーゲルからニーチェへ(上巻)」(レーヴィット著)には、登場する哲学者、思想家の人名索引と訳者による簡単な解注が付されていて便利である。簡単であるだけに解注の仕方に努力がいると思料する。そのなかでトクヴィル(1805―1859)の解説は、「フランスの政治家・著述家。1831―32年のアメリカ旅行での見聞をもとに著した『アメリカのデモクラシー』(岩波文庫)は、民主主義に対する特異なアンビヴァレントな態度で、アメリカ論およびデモクラシー論の古典となっている」。この特異なアンビヴァレントな態度・・・・・・・・・・・という見方は、この単語と意味を辞書で調べにくいのであったが、ようやくambivalent(両面価値的)の綴りと意味がわかり、同時にトクヴィルがなかなかよく言い表わされている。

○ 何か有益なことを発見したと思ったら、その瞬間目をはなさないこと、あるいは記録することである。厚い本の中に書かれたある短い一文でさえも、その瞬間そこの頁に印をすぐ付さなければ、二度と見つけられなくなることが多く、時間をつぶしてしまう。

○ 「注意ぶかく確かめること」は万事の基本。算数における「検算すること」の重要性、つまり面倒でも後ろをふり返ることにより行動が一区切り終結する。それを済まさなければ終っていないことの自覚をすること。
 そして「やさしいことを繰り返すこと」の重要性、つまり普通レベルの物事や問題は、直観かつノーカウントで道筋が見えるようにまで、なること。

○ 褒めるということは貶すことである。俚諺にいう「口でけなして心でほめる」の逆である。

○ アメリカでJapanese
foodsについて何を連想するかアンケートをとると、healthy、simple、light、clean、beautifulという言葉が多いらしい。また食物としてはテンプラ、スシ、テリヤキ、サシミが上位ランク。
 一方、American foodsについては、greasy、fattening、heavyという連想が多いらしい。食物としてはハンバーグ、ステーキ、ホットドッグなど。
 アメリカ人が日本食を好んで食べるようになった理由として、彼らが言葉の上でヘルシーと言うとき、実はおいしいからと言いにくいので、そう言うのが本当のことらしい。
 火焼料理をcookと考え上等視し、生ものや魚に対してかつては偏見があった。fishに対する不快な臭いや、fishy(いかがわしい)といった感覚が肉食に対比してあったようだ。(元国立民族博物館長、文化人類学(食事文化、比較文化)の石毛直道著の「日本の食文化史」から)

○ 社会的に許される範囲の中で、他人に対しては必要な注意をすべきである。相手もそれによって変りうるしそれにより当の自分も我がことに自然と注意せざるをえなくなるからである。パスカルの「パンセ」では別の意味で、同様のことを言っていることを今日発見した。

○ ヴィコ(1668―1744年)。ナポリの哲学者。歴史哲学を展開すると同時に、デカルト主義に抗して、雄弁術や共同体の知を重視した。
 「ヘーゲルの歴史哲学は、ヴィコやヘルダーと異なって、一瞬たりとも未来のことを考察していない。」(レーヴィット著「ヘーゲルからニーチェへ」 第2章 311頁)

(2016.3.20 記)