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イッセイエッセイ

1121号 梅花好文

2016年02月24日(水)

 梅の花は奈良・平安の頃はともかく、現代においては季節柄もあってかあまり顧みられることのない花である。今日は寒い小雨の中で、庭の梅がほぼ満開である。昨日は天気であったのでまだ静かに眺める風情があったのであるが。けさは大通りを車で走る際に、家並みの間からもふと空地に咲く梅の花の姿が目に入ったのだが、大体その程度のじみな咲き方である。梅の花は雪の遅く残る北陸では、ほとんど誰にもゆっくり愛でられもせずに咲いてしまう。ひとり早駆けをして咲くために、桜のように花やぐ時節と気分のときを知ることはない。梅の花がなぜそういう咲き方を選ぶのかは、梅に問うしかない。
 今冬は二度目のまとまった雪も大したことはなく、残雪も昨日でほとんど消えて、庭に取り残されたようにわずかばかりとなった。そして今日の雨で、いよいよ庭の垣根の縁りに沿って、細く在るだけになった。
 縛らるるまま雪吊りの梅の花。

(2016.2.20 記)