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イッセイエッセイ

1114号 雪上歩行

2016年02月08日(月)

 『―しみわたり(福井市内)/しみのり(池田)/おしょり(鯖江)/おさらのり(武生)/おしょしょり(今庄)/おしょろ(勝山)/おそらにのる(動詞形のみ/大野)/そらあるき(坂井)―』
 子供の頃、田圃に雪が降り早朝にその表面が固く氷ったときには、いつもの道を使わず田圃を遠くずっと向こうまで斜めに横切って学校に行ったものである。昼になって帰るときにも同じことをしでかして、温度が上っていることの意味を知らずに深みにはまりひどい目に会った記憶がある。
 いまは集落と集落の間に家々や団地などが建ってしまい、こういう都合のよい場所もほとんど無くなった。また、少しはあっても平気で、この種の冒険をするような子供達がいない時代になった。学校の規則もやかましいかもしれない。
 ところで数日前、この目的地への一直線の雪上徒歩を、県内の各地ではどのように言い表わしているかが話題となり、その場で互いの言い方を出し合ったところ、上記のようになった(坂井地区は初めないという話であったが、調べたところあった。嶺南は聞いていない)。言い方が似ていて又さまざまである。私の生まれた旧の朝日町では雪が固くなることをしみてくるとは言ったが、こうした言葉は子供の頃に使ったおぼえがない。もちろん使わなくてもこれをやらなかった訳ではない。今年は異常に雪の少ない年である。私が子供だったらきっと毎朝不平をならして親にしかられたであろう。

(2016.1.28 記)